護衛艦「はたかぜ」「はまぎり」 別府寄港


12月12日に護衛艦「はたかぜ」と「はまぎり」が、休養と補給のため別府国際観光港に寄港しました。

7月に「ありあけ」と「きりさめ」が入港して以降、海自艦艇が頻繁に入港するようになった別府国際観光港ですが、今回は「はたかぜ」「はまぎり」がやって来ます。

今回の寄港では自衛隊支援団体による歓迎式典と特別公開は実施されるものの、一般公開は行われません。よって海自も大分地本も両艦の寄港については公表していませんでした。
私も事前に寄港を知っていたものの、自衛隊が公表していない事柄を自分のHP上で告知することは控えました。一応、艦艇の出入港情報は機密事項なので…。
当然と言えば当然ですが、事前の告知なしなので、岸壁には私と入港準備をしている大分地本の隊員以外は人影はありません
午前8時45分、曳船を伴って「はたかぜ」が入港してきました。

「はたかぜ」と「はまぎり」は、12月3日から10日まで九州西方海域等で実施されていた日米共同統合演習に参加していました。訓練終了後、横須賀と大湊へ戻る途中に2隻で訓練を行うのですがそれに備えて補給と休養のため別府に寄港したものです。
この両艦、横須賀と大湊という遠方の港を母港とする艦ですが、2008年に第4護衛隊群に編成替えとなってから、かなり頻繁に九州の港に姿を見せるようになりました

この日は猛烈に寒かったものの、空は雲ひとつない快晴です。この天気なら冬特有の光量不足や低い色温度に悩まされることなく美しい写真を撮影できそうです。
「はたかぜ」が岸壁に近づいてきました。
海自艦艇で唯一艦首に設けられたブルワーク(=波よけ)が、精悍さと美しさを醸し出しています。「はたかぜ」型のこの美しい艦首に萌える艦艇マニアも多いのではないでしょうか…。

「はたかぜ」は「はたかぜ」型ミサイル護衛艦の1番艦で、同型艦に「しまかぜ」がいます。1986年3月に就役した古参艦ではありますが、就役当時は「丸」などの軍事雑誌が『画期的な護衛艦が誕生した!』と大々的に報じていました。
当時、高校2年生だった私は「丸」に掲載された「はたかぜ」の美しさに打ちのめされ、防衛大受験への意欲を高めたのでした。(その時の雑誌「丸」は今も大切に保存しています)
朝日を浴びながら入港する様子は、幻想的ですらあります。

こうして見ると、5インチ単装速射砲やアスロック発射機、マスト上のレーダー類などは一世代以上前の旧式の装備ですが、それはそれで昔ながらの護衛艦といった雰囲気で素敵です。
「はたかぜ」型は、ミサイル護衛艦が「あまつかぜ」以来の従来型からイージス艦へ移り変わる時期に生まれた艦で、就役時には既にイージス艦の建造が検討されていました。
当初は5隻の建造が計画されていましたが2隻で打ち切りとなり、3隻目以降の予算は「こんごう」型に回されてしまいました。

ところで、小説「亡国のイージス」に登場する「いそかぜ」は、現実では誕生しなかった「はたかぜ」型の3番艦という設定です。
「はたかぜ」から遅れること15分、「はまぎり」が入港してきます。
低く抑えられた艦橋構造物や2本のマストなど、この角度から見ると非常に特徴的なスタイルをしているのがよく分かります。

2本のマストが林立する艦艇は珍しいためか、「きり」型は海外の艦艇マニアの人気が高いということです。逆に国内のマニアには悲しいくらい人気がなく、当HPのギャラリーでも「きり」型の閲覧数は護衛艦中最低にあえいでいます。日によっては支援船よりも少ないこともあります(苦笑)
海自もそれを分かっているのか、ここ数年、体験航海や地方総監部主催の展示訓練などのイベントには姿を見せなくなりました。
人気がないとはいえ、私は「きり」型が大好きです。
この角度から見るスタイルなんて、獲物を狙って低く身構えた獣のようでカッコイイとは思いませんか?

「きり」型は、小さな船体に重武装を詰め込み過ぎた「はつゆき」型の拡大型です。1988年から91年にかけて8隻が建造され、「はまぎり」は5番艦です。1番艦と2番艦は練習艦に転籍しています。

口の悪い雑誌などは「きり」型を失敗作と言います。私は決して失敗作とは思わないので、以前「出港用意!」で「きり」型の良い点(欠点も前向きに解釈)だけを記したところ、乗組み経験があるという幹部数人から「本当に失敗作です」と、数々の問題点を指摘するメールが届きました…(苦笑)
数ある「きり」型の問題点のうち、最大の問題とされるのが巨大な格納庫です。垂直にそそり立つ右舷側の壁面が、敵のレーダーに対して多大な反射面を晒していると指摘されています。
しかし、「きり」型が計画された80年代中盤にはまだステルスという思想はなかったので、それを責めるのは酷なのでは…。

格納庫と並ぶ大問題が、第2煙突その横に立つマスト。1番艦「あさぎり」では、公試中に超高温の煙によってマストが延焼。急きょ、マストの位置を変更して就役にこぎつけました。2番艦以降はマストに熱が及ばないよう煙突の形状を変更しました。なので、1番艦「あさぎり」と他の艦では煙突の形と後部マストの位置が異なります。当HPのギャラリーでぜひお確かめを!
9時30分頃、入港作業は終了しました。
年末も間近な12月のこの時期に、こうして護衛艦が停泊している様子が撮影できるとは、まさに天からのお恵みです(笑)

「はたかぜ」と「はまぎり」は、ともに第4護衛隊群第4護衛隊に所属しています。第4護衛隊はこの2隻のほか「ひえい」「うみぎり」が所属しています。
第4護衛隊は建制上は大湊の部隊で、隊の事務所も大湊にあります。しかし、「ひえい」は4護群旗艦で、「うみぎり」とともに呉の艦であることから、司令は「はまぎり」または横須賀の「はたかぜ」に座乗していることが比較的多いようです。

冬で空気が澄み切っているせいか、青空がとても美しいです♪
入港後、10時30分から入港歓迎式典が行われました。

マイクの前で挨拶をしているのは4護隊司令の大判一佐です。司令の後ろには「はたかぜ」艦長の宮崎二佐「はまぎり」艦長の伊保二佐もいます。
大判一佐は4月から4護隊を率いており、前職は海幕防衛課分析室長でした。少し前、「出港用意!」で護衛隊司令を二つに分類しましたが、大判司令は「市ヶ谷タイプ」にあたります(笑)

式典には地元・大分県出身の乗組員(曹士)が参加し、紹介を受けていましたが、大湊と横須賀という遠方の艦に大分県出身者が乗組んでいることに驚きました普通は佐世保か呉ですよねぇ。
冒頭に記したように、今回の寄港では一般公開はありません
しかし、別府国際観光港は市街地に隣接した場所にあり、すぐそばには幹線道路である国道10号も通っています。
なので、通りがかりの市民が「はたかぜ」と「はまぎり」を見つけて岸壁に集まって来るではありませんか。岸壁はみるみるうちに艦を眺める人や記念撮影をする人たちでいっぱいになりました。

別府国際観光港は、このように市街地に近く繁華街や温泉場に行くにも便利なことから、艦艇乗組員の間で人気が急上昇しており、「はたかぜ」と「はまぎり」も10月に入港した「くらま」と「あしがら」から評判を聞いて沖止めではなく接岸を決めたということです。
一般公開は行われませんが、私は職権を乱用(?)して艦内を見学させていただきました。まずは「はまぎり」から見学です。

「きり」型の5番艦である「はまぎり」は、1990年1月に就役しました。翌月には6番艦の「せとぎり」が、翌々月には7番艦の「さわぎり」が就役しており、90年度は護衛艦が3隻も就役したことになります。大型化・高価化したとはいえ、年1隻さえもままならない現在とは大違いですねぇ…。

大湊を母港とする艦ですが、就役後しばらくの間は横須賀の艦でした。96年3月に「むらさめ」が就役して横須賀に配備されたのに伴って大湊に転籍しました。
「はまぎり」は2009年10月から2010年3月までの間、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処の第3次部隊として、「たかなみ」と共に船舶の護衛にあたりました。護衛のミッションは34回、護衛した船舶の数は283隻にのぼります。

艦橋構造物の前面には海賊対処の名残とも言える防弾板が残っています。防弾板が施されたことで、艦橋がいかつくて物々しい雰囲気になっています。まるで大戦中の帝国海軍の艦船みたいです。
派遣任務が終わると防弾板は撤去されると思っていたのですが、必ず来るであろう2回目の派遣に備えて撤去はしないということです。ということは、そう遠くないうちに殆どの護衛艦に防弾板が施されて、皆が物々しい雰囲気になってしまうのですね…。
「はまぎり」の艦橋です。
艦橋構造物が新鋭艦のようにステルスを考慮していない分、艦橋のスペースは広いです。非ステルスの利点と言えます(笑)
ただ、高さが低く抑えられているため見通しは悪そうです。

艦橋は80年代と90年代が入り混じった雰囲気です。
天井から伸びる伝声管や航海用の機器は80年代の護衛艦と同じですが、速力指示器など一部の機器は90年代の護衛艦と同じものとなっています。
「きり」型は80年代を代表する「ゆき」型と90年代を代表する「あめ」型の間に位置する護衛艦ですが、艦橋の装備品においても過渡期的な艦であることを感じることができます。
ヘリ甲板に駐機されているのは最新鋭のSH60Kではなく、一世代前のSH60Jです。大湊に所在する第25航空隊所属機です。

「きり」型の格納庫は「ゆき」型に比べれば格段に広く、無理をすればヘリを2機搭載できそうです。実際、海自も場合によっては2機運用を想定して、設計途中で今の広さに変更しました。
ところが、かなり無理をしての設計変更だったために、前述の煙突とマストの熱問題など「きり」型の評価を下げる様々な悪影響が出てしまいました。
そこまでしたのにも関わらず、元乗組員によると「ヘリの2機運用が実施されたことは1度もない」ということです(涙)
続いて「はたかぜ」に乗艦。
主砲は「はるな」型と同じ73式53口径5インチ速射砲です。「はたかぜ」型で装備が終了し、現在この砲を備えているのは「はたかぜ」型と「しらね」型の各2隻、「ひえい」の5隻のみです。
この砲は有人砲で、CICからの遠隔操作だけではなく、砲塔内に乗り込んだ射撃員による操作と照準合わせが可能です。砲塔右上にある丸い部分が射撃員が乗り込む場所です。

甲板上に見学者の姿が見えますが、「はたかぜ」が上甲板のみですが、急きょ公開を始めました「せっかく大勢の人が岸壁に来てくれているのに追い返すのは申し訳ない」とのこと。
いい話だ…。偉いぞ!「はたかぜ」!!
「はたかぜ」と「はまぎり」ですが、乗組員が海に落下するのを防ぐ手すり(矢印部分)の形状が異なります

「はやかぜ」がよく目にする鎖の手すりであるのに対して、「はまぎり」はワイヤーのような形状をしています。
実は、鎖は表面積が大きいために雪が積もってしまうのです。そのため、雪深い大湊を母港とする「はまぎり」は、雪が積もりにくいワイヤー状の手すりになっているのです。
「はまぎり」はこのほかにも、積もった雪や付着した氷を溶かすために甲板上の所々にヒーターが設置されています。まさに寒冷地仕様になっているのです。
大湊の艦はすべて寒冷地仕様になっており、大湊への配備や転籍が決まった際に改造を受けます
「はたかぜ」の艦橋です。
こちらはまさに80年代のクラシックな雰囲気が満載です。
4枚上にある「はまぎり」の艦橋と比較すると、違いが分かって興味深いです。伝声管や航海用の機器は同じですが、操舵装置の左横にある速力指示器が異なります。
「はまぎり」の指示器は、速力を機関操縦室に指示するだけではなく、艦橋から主機にダイレクトに指示を送ることができるタイプなのに対し、「はたかぜ」は機関操縦室に指示を送るのみの旧式のものです。

新鋭艦は天井が黒く塗られているため艦橋が暗く、撮影するのに光量不足で苦労するのですが、古い艦は天井が白いために明るく、撮影もしやすいので助かります。
「はたかぜ」の左舷側には司令席が設けられています。

「はたかぜ」「はまぎり」の両艦は母港に向かいながら訓練を実施するのですが、この間、司令は「はたかぜ」に座乗して指揮を執るとのことでした。訓練終了後に横須賀に入港、そこで司令は「はまぎり」に乗り換えて隊事務所と官舎がある大湊に戻ります
現在、護衛隊所属の各艦艇は母港がばらばらになっているために、司令は移動に苦労しているのですが、今回のように隊の所在地を母港する艦を「タクシー代わり」にして移動することも多いそうです。
第4護衛隊所属艦の母港は大湊に横須賀に呉です。すべての護衛隊司令の中でも最も移動が過酷なのではないでしょうか?
「はたかぜ」の機関操縦室兼応急指揮所です。

7万2000馬力を発揮するガスタービン機関をここで制御・監視するとともに、艦内の電力供給拠点であり、火災や浸水等のダメージコントロールを指揮する応急指揮の拠点でもあります。
正面の計器類が主機の監視盤で、その右横にあるのが艦内での火災や浸水の発生を表示する監視盤です。

この部屋の責任者は機関長で、手前の机が定位置です。
ダメージコントロールの責任者である応急長もこの部屋が拠点で、火災・浸水表示盤の前に座って応急工作の指揮を執ります。因みに、帝国海軍では応急工作の指揮は副長の担当でした。
科員食堂です。
艦内スペースの関係上、妙に細長くなっています。一度に60人程度が食事をすることができます。

入港式典のあと特別公開が行われましたが、科員食堂では自衛隊支援団体関係者や私立高校の進路指導の教諭を対象にカレーの体験喫食が行われました。私も「はたかぜカレー」を食べてみたかったです。どんなお味なのでしょうね?
私立学校とはいえ、高校の先生たちが護衛艦を見学してカレーを食べるなんて時代が変わったものですねぇ。私の高校時代にこのような行事があれば、私の担任も防衛大受験を妨げるような真似はしなかったかもしれません…。
厨房です。ここで乗組員260人分の食事を作ります。
3人の若い給養員がいましたが、皆さん快く撮影に協力してくれました。これから夕食の下準備を始めるところだったようです。

艦内は火気厳禁なので、調理は火の代わりに蒸気を利用して行われます。4つ並んでいる大がまも蒸気式です。

自衛隊の中でも特に食事が美味しいと言われる護衛艦ですが、補給科に所属する給養員が調理を担当します。シェフである調理員長(海曹長)をはじめ、朝昼夕の三食を作る調理のプロたちです。最近では調理という特技で国防に貢献したいとの理由で、給養員を希望して入隊する若者も多いということです。
12月という季節はずれの時期にも関わらず艦艇の見学を楽しめました♪
沖止めという形でしばしば別府に入港していた海自艦艇ですが、今後は岸壁が空いていれば積極的に接岸したいとのこと。夏のイベントシーズン以外にも艦艇の見学が実現しそうで、地元のマニアにとっては楽しみが増えました。どんな艦が別府にやってくるのか本当に楽しみです♪

今回寄港した「はたかぜ」と「はまぎり」は、どちらかと言えば旧式艦でマニア人気もあまり高くはありませんが、それぞれ特徴的昔ながらの護衛艦といった雰囲気を持ついい艦でした。両艦の今後の活躍と近いうちの再会を祈りつつ岸壁を後にしました。

季節はずれの12月に思いがけず実現した艦艇見学。「はたかぜ」と「はまぎり」、また贔屓の艦が増えました。