呉地方隊展示訓練 in 大阪湾 ~艦艇公開編

展示訓練の前日、9月23日に神戸・阪神基地・天保山・淡路島・和歌山の5ヶ所で艦艇公開が実施されました。

最新鋭DDH「いせ」やイージス艦など13隻もの艦艇が参加する大阪湾での呉地方隊展示訓練ですが、私は前日の艦艇公開も展示訓練本番と同様に非常に楽しみにしていました♪新幹線で午前9時に神戸に着いた私は、神戸新港で「きりしま」を見学したあと、東灘区にある阪神基地隊にやってきました。ここでは私がかねてより見学したかった艦が公開されているのです。

ちなみに阪神基地隊は、大阪湾や紀伊水道という戦略的重要地点の警備を担当している部隊で、呉地方隊の隷下部隊です。同時に阪神地域における海上自衛隊の出先機関の役割も担っています。海自にとっては非常に重要な部隊であることから、司令職には海将補が充てられています。

私が見学したかった艦とは試験艦「あすか」です。艦艇用に開発された各種装備品の実用化評価試験を担当するテストベッドで、排水量が4000tを超える大型艦です。開発隊群に所属しており、母港は横須賀です。
海自では「くりはま」に次ぐ2隻目の試験専用艦で、1995年3月に就役しました。「くりはま」が掃海艦艇用装備品の試験を担当しているのに対し、「あすか」は護衛艦用の試験を担当しています。

試験艦の名は名所・旧跡のうち文化・文明に因む地名から採用することになっており、「あすか」は奈良県の飛鳥古墳が命名元です。雑誌等で「有事には改造され護衛艦になる」との記述が見られますがこれは誤りで、戦闘を想定した設計にはなっていません

乗艦後さっそく艦橋に上がりました。「あすか」の艦橋は、かつて乗った艦の艦橋では感じたことがない独特な雰囲気が漂っていました。それを一言で表現するならば「シックで落ち着いた雰囲気」高級感さえも漂っています。

その高級感ある雰囲気の源は何かというと、天井だけではなく壁面も黒く塗られているためです。ここ10年くらいの間に建造された艦艇の艦橋は天井が黒く塗られていますが、壁面まで黒に塗られているのは見たことがありません。天井・壁面の黒色床面の鮮やかな青色が、艦橋の雰囲気をとても素敵なものにしているのです。足を踏み入れた瞬間、思わず「素敵だ…」と呟いてしまいました。

天井だけでなく壁面や窓回りも黒く塗られているのが良く分かると思います。ありきたりな言葉ではありますが、本当にカッコいいです!!もちろん、壁面の黒色は格好良さだけを追求して施されている訳ではありません。これも実用化に向けた試験なのです。天井から壁面までを黒とすることで、艦橋内での作業のしやすさ乗組員の疲労の軽減といった効果を検証しているのです。

個人的には全艦艇をこの「黒い艦橋」にしたいほどですが、近年就役した最新鋭艦に採用されていないということは、試験段階で「効果なし」と判断されたのでしょうか…。一方、青い床面は足に負担の少ない構造となっており、「ひゅうが」型DDHで採用されています。

艦長席です。現在の「あすか」艦長は、3年前の夏に地元・大分の体験航海でお世話になった藤村二佐です。当時はミサイル護衛艦「しまかぜ」の艦長でした。(「出港用意」vol23参照を)
「あすか」の艦長は一佐職(一)です。なので、艦長には一佐もしくは一佐昇任が間近な古参の二佐が充てられます。

護衛艦同様、左舷側には指揮官用の席があります。試験航海の際に所属部隊指揮官である開発隊群司令がごくたまに乗艦して席に座るほか、海幕装備部や技術研究本部の上級幹部らもその席を使用するということです。

操舵装置です。90年代前半の艦に見られるタイプですが、よく見ると、機関に速力を送る速力指示器が左右両側にあります
「あすか」はガスタービン推進ですが、就役後しばらくの間は、ガスタービンで発電した電気による電気推進機関も備えていました。しかし、大量の電気を必要とする割には動力効率が悪かったことから試験は中止、電気推進機関は撤去されました。
左側の速力指示器とその上部にある表示灯が電気推進用です。当然ながら今では何処にも繋がっておらず、「あすか」がかつて電気推進機関を搭載していた事を物語る痕跡となっています。

現在、米海軍では電気推進艦の研究が進められおり、「あすか」でも再び電気推進を試験する日が訪れるかもしれません。

海図台です。こちらも通常の艦にあるものとは随分異なります。「あすか」が備えている海図台は海図プロッターと呼ばれます。簡単に言えば艦艇版のカーナビで、衛星が艦の位置を捕捉して海図上に赤い点で現在位置を表示するという優れモノです。

「ひゅうが」型DDHで採用されており、新型DD「あきづき」型など今後建造される艦艇に標準装備されるものと思われます。便利で優れた装置ですが、「ひゅうが」型の艦に乗り組むある幹部は、「通信士(航海士)には海図プロッターがあってもコンパスと定規で艦位を割り出させている」と話していました。テクノロジーは進化しても海軍士官としての基礎は変わらないということなのでしょうね…。

艦橋露天部に上がろうとラッタルを昇っていたら、ある表示に気付きました。「耐環境コーティング剤試験中」と書かれています。実は、「あすか」の外回りにはこの表示が数ヶ所にわたって貼られているのです。耐環境コーティング剤とは、艦の塗装を直射日光や風雨、潮といった環境による阻害要因から保護するための塗料と思われます。「あすか」では戦闘用や航海用、機関用の装備品だけではなく、このような塗料の試験も行っているのですね。地味ではありますが艦の威容に関わる非常に重要な試験だと思います。

電気推進機関のように成果が挙がらず消えてしまった試験品もありますが、「あすか」は数年後・十数年後の艦艇の姿を垣間見ることができる艦と言えるでしょう。

「あすか」は非常に特徴的な外観を有していますが、そのひとつが艦橋構造物頂部にあるパゴダ状のマストです。
ここでは就役直後からFCS-3射撃指揮装置の開発と試験が行われていました。試験が終了したため装置は取り外されており、現在は装置を取り付けていた基盤が残るのみとなっています。

FCS-3は、対空ミサイルや対艦ミサイルで同時・複数の対空脅威から艦を守るための戦闘システムです。この「あすか」での試験を経て2000年に制式化、改良型が「ひゅうが」型DDHで初めて実戦配備されました。
さらに新型DD「あきづき」型には、自艦のみならず僚艦の防空までも可能とする再改良型・FCS-3Aが装備されます。

艦橋露天部から望んだ艦首と前甲板部分です。8セルのVLS(垂直発射装置)が並んでいるのが見えますが、これらは就役当時には装備されておらず、VLSの区画は倉庫として使用されていました。2002年から2003年にかけて、新型の対空ミサイルや対潜ミサイルの試験を行うためにVLSが設置されました。このように、「あすか」は試験内容に応じて装備を追加したり撤去できるのが特徴です。

前甲板中央には舫を自動で巻き上げるウインチが設置されています(中央の丸い機械)。この装置は試験というよりも、乗組員が少ないために舫作業を効率化・省力化するために設置されています。「あすか」には、このような試験も兼ねた省力化のための装置が随所に備えられています。

艦橋構造物内です。奥に見える部屋は艦長室です。「あすか」の艦内の特徴は、通路やラッタルが護衛艦などと比べて広く設計されている点です。「あすか」には乗組員のほかに最大で100人もの試験員が乗艦します。この中には民間人であるメーカーの試験員も含まれるため、艦艇や航海に不慣れな民間人の試験員が通行しやすいように配慮されているのです。

↑の場所はラッタルが昇りと下りで複線化されているほか、ラッタル前の踊り場は十分な広さが確保されています。通路の壁面には艦が動揺した際につかまる手すりも備え付けられています。

艦内の通路です。こちらも護衛艦とは異なる通路であることが一目瞭然です。民間の試験員が艦の動揺で転倒して怪我をしないよう、壁面は突起物を極力減らしています。通路は幅が広く、壁面には艦橋構造物内と同様に手すりが備え付けられています。また、壁面や天井、天井を伝うパイプはクリーム色となっていて、客船のような暖かな雰囲気が漂っています。
「あすか」が“軍艦”であることを忘れてしまいそうな通路です。

「あすか」の試験航海は何週間にも達するような長期の航海ではありませんが、試験員の居住性向上のため様々な配慮が施されていることを実感しました。

機関操縦室です。機関操縦室の制御パネルには夥しい数の計器や表示灯があるのが通常ですが、「あすか」の制御パネルは全く異なります。計器や表示灯はごく僅か、必要な情報のほとんどはタッチパネル式の液晶画面に表示されます。液晶画面は左のふたつが機関用、右側のふたつが電力管理や応急指揮用のようです。

制御パネルはハの字状に配置されていて、子供の頃にテレビの特撮モノで見た地球防衛軍の基地のようなカッコ良さです(笑)
この機関操縦室の形状と配置は将来に向けた試験なのか、それとも少ない人員で機関を制御するためなのかは分かりませんが、いずれにしても近未来の軍艦の姿を見たような気がしました。

艦内のオアシス・科員食堂です。乗組員が70人しかいない「あすか」ですが、科員食堂は護衛艦と遜色のない広さがあります。これは乗組員だけではなく試験員もここを休憩や打ち合わせで利用するためだと考えられます。先に見た艦橋や機関操縦室もそうでしたが、「あすか」の主な区画には試験時に多くの試験員が詰めることから十分な広さが確保されています。

床面に注目を!護衛艦など戦闘艦艇では絶対に採用できないフローリングの床となっています。さらに食堂の奥にはマッサージチェアーも置かれており、ここでも居住性の向上に最大限の配慮が行われていることがうかがえました。

艦内の見学を終え、最後にヘリ甲板にやって来ました。「あすか」のヘリ甲板は新型ヘリコプターの発着艦試験や、ヘリの発着艦に関連する装備品の試験を行うのに使用されます。ヘリ甲板の周囲にある安全柵は護衛艦では手動で倒しますが、「あすか」では省力化のため自動で倒れます。前方に見える格納庫ですが、「あすか」はヘリコプターを搭載する性格の艦ではないことから試験品の倉庫として使われています。つまり、あの構造物はヘリ格納庫の形をした倉庫なのです。

「あすか」ではサプライズもありました。去年の伊勢湾フェスタで知り合った神戸市在住の「けろさん」と偶然再会したのです。けろさんはこのあと、私に大きな幸運をもたらすことになります…。

「あすか」を下艦し、けろさんと共に阪神基地隊の厚生施設棟2階にある売店から「あすか」の全景を撮影しました。鋭く尖った艦首やパゴダ状のマストに象徴される「あすか」の前衛的なデザインが、マニア心を激しくくすぐります

「あすか」の背後に広がる大阪湾の遥か彼方に、天保山岸壁に入港予定の「いせ」の姿が見えました。望遠レンズで見たところ、天保山に向かってゆっくりと航行しています。「いせ」は私の予想よりも早い時刻に入港してしまうようです。
「しまった!これからJRと地下鉄を乗り継いで駆け付けても入港には間に合わない…」。予想外の事態に愕然としていると、けろさんが思いがけない言葉を口にしました。「二人乗りが怖くないなら、まだ間に合うよ!」

けろさんは、私が「あすか」を見学しに来ること、さらにはその後に「いせ」を撮影しに天保山に向かうことを予想していたというのです。私を天保山に案内しようと阪神基地隊にはバイクで訪れ、しかも私のためにヘルメットとライダージャケットまで用意してくれていたのです。ああ、何という奇跡!!

けろさんが運転する250ccのバイクの後席に乗せてもらい阪神高速湾岸線を爆走すること30分、天保山岸壁に到着しました。途中、汽笛を鳴らしながら航行する「いせ」と並走して追い抜くという感動的かつスリリングな体験もしました。
岸壁に到着すると同時に「いせ」が曳船を伴って入港してきました。まさに間一髪のタイミング。けろさんに感謝・感謝です…。

天保山岸壁は単なる港ではなく、大規模なショッピングセンター観覧車水族館がある大阪の一大レジャースポットです。
岸壁には「いせ」をお目当てに大勢のマニアが駆け付けていたほか、デート中のカップル買い物に来ていた親子連れらも、突然目の前に現れた巨大な軍艦に驚き、コンデジや携帯電話のカメラで一斉に「いせ」を撮影していました。休日のレジャースポットは、「いせ」の出現によりにわかにお祭り状態となりました。

「いせ」の艦橋ウイングで操艦にあたっていた星山艦長は、ものすごい数の人が岸壁やショッピングセンターのテラスで「いせ」を待ち受けていたので、とても驚いたということです。

巨大な「いせ」がゆっくりと岸壁に近づいてきました。これだけの巨体を指定された位置にピタリと接岸させる星山艦長の操艦技術はお見事と言うしかありません。それにしても、右舷前方から見る「いせ」はとてもカッコいいですねぇ~♪「ひゅうが」型DDHが最も美しく、かつカッコ良く見えるのはこの角度なのかもしれません。

「いせ」は当初の予定では阪神基地に入港する予定でした。入港先が天保山に変更されたのは、神戸市の平和団体とやらが「いせ」入港反対を申し入れたためです。神戸市は阪神大震災で自衛隊にお世話になったにも関わらず、まだこんな事をする市民がいるのですね…。見識の低さに呆れてしまいます。

「絶好の撮影ポイントがありますよ!」。けろさんに案内されたポイントから撮影した画像が↑です。「いせ」の広大なヘリ甲板を見渡せる魅力的なアングルからの撮影であるこの画像は、天保山にある観覧車のゴンドラの中から撮影したものです。

「いせ」をこのような位置から望む機会なんて滅多にありませんから、まさに貴重な撮影チャンス。ゴンドラの揺れがかなり怖かったのですが、それをもろともせず夢中でシャッターを切りました。天保山には大型豪華客船が入港する機会が多く、その際にけろさんは今回のように観覧車から俯瞰撮影をしているとのことです。まさに、地元の人のみぞ知る撮影ポイントです。

天保山の観覧車は地上高112.5m回転輪の直径は100mにも達する世界最大級の大観覧車です。ゴンドラ内からはご覧のように大阪市内を一望することができます。

「いせ」の撮影を終えて周囲を見ると、ゴンドラがとんでもなく高い位置に来ていて、そのあまりの高さに足がすくみました。ちなみに私は高所恐怖症ではなく、どちらかというと高い場所は好きな方ですが、それでもこの高さにはビビリました…。いい歳をした男二人が観覧車に乗り込み、ゴンドラを揺らしまくりながら撮影に熱中している姿は、他のお客さんにはさぞかし奇異に見えたことでしょうねぇ…

観覧車を降りた後、けろさんはさらなる撮影ポイントに案内してくれます。お次は海上からの撮影です。
海上撮影といっても遊覧船ではなく、天保山と対岸の此花区桜島を結ぶ大阪市営の渡船からの撮影です。片道わずか3分、往復しても6分程度しか撮影時間がありませんが、天保山に入港している艦船をいいアングルで撮影することができます。

渡船なので乗客は徒歩や自転車で対岸に渡る通行人が大半で、撮影目的のマニアはほとんどいません。これまた地元の人にしか分からない穴場的撮影スポットです。
渡船が出港してすぐ「せとゆき」(左)「とね」が現れました。先ほど乗った大観覧車と絡めて撮影してみました♪

天保山の渡船は天保山と桜島地区にあるUSJを往来する人や、USJの従業員がよく利用しているということです。USJの従業員にはアメリカ人が多いことから、朝夕の渡船は通勤途中の陽気なアメリカ人でいっぱいになるらしいです。

そんな渡船から撮影した「いせ」の姿です。渡船の上甲板は水面からの高さがほとんどないので、水面すれすれからの迫力ある艦艇の姿を捉えることができます。ただ、船が小さいので結構揺れますが…。渡船は30分に1本しか運航されていないので、出港時刻に注意が必要ですが、世界一の大観覧車ともども、艦艇を撮影しに天保山を訪れた際にはぜひ活用してみてください!

再びけろさんのバイクで阪神高速を走り、約7時間ぶりに神戸港第4突堤に戻ってきました。
けろさんお奨めのポイントで撮影しているうちに日は暮れ、「きりしま」と「いかづち」の正面に来た時には、両艦ではラッパ譜「君が代」の演奏にのせて自衛艦旗が降ろされていました。同じ「君が代」でも、朝、自衛艦旗を掲揚する際は一日の始まりを感じさせる活力漲る音色に聞こえるのに対し、自衛艦旗を降ろす際には哀愁を感じさせる音色に聞こえるから不思議です。

この夜、両艦は電灯艦飾を実施します。点灯は午後7時からですが、リハーサルなのでしょうか、自衛艦旗を降ろした後しばらくの間イルミネーションが点灯されていました。

第4突堤には砕氷艦「しらせ」も接岸しています。「しらせ」は今回の展示訓練とは無関係で、南極への航海の前の国内巡航で、たまたま展示訓練と同じタイミングで神戸に寄港していたのです。

午後6時半から、「しらせ」のヘリ格納庫とヘリ甲板ではレセプションが開催されていました。ヘリ甲板では音楽隊の演奏が行われ、焼き鳥や天ぷらなどの屋台も出店しています。
招待されているのは神戸市の自衛隊協力団体の方々でしょうか?とてもいい雰囲気のレセプションなので、「私も参加したいなぁ~」などと思いつつ、電灯艦飾が始まるまでの間、神戸新港の旅客ターミナルからずっとその様子を眺めていました

午後7時に電灯艦飾が始まり、神戸の夜に「きりしま」と「いかづち」の姿が浮かび上がりました。昼間の力強い艦容とは対照的なとても優雅で幻想的な姿です。この美しいイルミネーションを眺めながら、明日・あさっての展示訓練で参加艦艇のどのような雄姿を見ることができるのか、期待を膨らまさずにはいられませんでした

けろさんとは去年、灼熱の四日市港をカメラを抱えて30分以上歩くという地獄の体験を共にした、まさに“戦友”です。そのけろさんと再会し、素晴らしい撮影の機会をもたらしてくれるとは、人の縁とは不思議なものですね…。「いせ」の入港シーンを撮れたこと以上に、けろさんのご好意が嬉しかった1日でした

興味が尽きない「あすか」、「いせ」の迫力ある入港シーン…展示訓練本番よりも心に残る1日になりました。