呉&佐伯サマーフェスタ2016 |
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2016年夏の遠征第2弾は二つのサマーフェスタを2日間でハシゴします。初日に訪れるのは呉基地のサマーフェスタです。JR呉駅に降り立った私は、タクシーに乗ってアレイからすこじまへ。まずはここで基地内に在泊する艦艇の確認と会場の様子を偵察します。 なんだぁ、あの人の波は!! 今年の呉サマーフェスタでは訓練航海中に寄港しているDDH「いずも」が一般公開を実施するのですが、開場直後とあってとんでもない数の見学者が甲板上におり、乗艦待ちの長い列がFバース上に続いています。これは長い待ち時間と相当な混雑を覚悟して入場しないといけないな…悲壮な気持ちを抱きながら基地の門へと向かいます。 心躍る艦艇イベントもここ数年は、殺到した来場者を目の当たりにして早々に戦意喪失というパターンが定着しています(苦笑) |
予想通り、大変な事態が起こっていました。門をくぐるとそこには長蛇の列が出来ていたのです。この列はFバース近くに設置された手荷物検査の列で、4列で並んでいるにも関わらず列は300mもの長さに達しています。しかも、この列が進まないこと牛歩の如し。並び始めてから手荷物検査場を抜けるまで40分近くかかりました。早くも戦意喪失です…。もう「いずも」なんてどうでもいいです…。 思い起こせば90年代初頭、この同じ場所で行われたイベントには列はおろか来場者すらろくにおらず、いるのは私と数人だけということが多々ありました。たくさんの艦が艦橋だけでなく艦内各所を公開し、僅かな来場者は艦を選び放題・見放題、艦によっては若い幹部がマンツーマンで艦を案内してくれました。そんな時代がとても懐かしく、出来ることならばその時代に戻りたいです。 |
やっとの思いで手荷物検査場を通過、Fバースに停泊している「いずも」へと向かいます。Fバース上は乗艦待ちの長蛇の列こそ無くなっているものの、「いずも」へ向かう人、見学を終えて戻る人、「いずも」をバックに記念撮影をする人などが入り混じり大変な混雑ぶりです。皆さん、他に行く所はないのですか!?思い起こせば90年代初頭、この同じFバースで4隻もの艦が一般公開しているにも関わらず見学者が全くおらず、艦の前で乗組員が“客引き”をしていました。その頃とは、まさに隔世の感があります。 「いずも」の呉寄港ですが、これは来年春に2番艦「かが」が呉に配備されるのを前に、出入港時の注意点や接岸時のバースへの影響といったデータを採取する事も目的ではないかと考えられます。来年の今ごろは、「かが」がこんな風に停泊しているのでしょうね。 |
「いずも」に乗艦し、エレベーターでヘリ甲板(上甲板)へ。 何ですか、この人の多さは! 家族連れやカップル、女子のグループ、野郎ども、そしてマニアと思しき人たち…護衛艦上ということを忘れてテーマパークに迷い込んだような錯覚を覚えます。乗艦した大勢の見学者が、海自と海上防衛について理解を深めてくれるのなら混雑も許せるのですが、去年の観艦式における乗艦者の言動を鑑みるに、それも怪しいと言わざるを得ません。 公開は格納庫とヘリ甲板で、残念ながらというか予想通りというか艦橋は公開されていません。「ひゅうが」型同様、艦橋構造物内の通路と階段が非常に狭く、また艦橋自体も通常の護衛艦よりも遥かに狭いことを勘案すると、見学者が殺到する一般公開において「いずも」の艦橋が公開される可能性はまずないと思われます。 |
「いずも」の甲板上からは呉基地内に在泊している艦艇を一望することができます。Aバースには音響測定艦「はりま」が接岸しています。高度にマニアック化した私のマニア心にどストライクで突き刺さる艦です。ただ残念ながら「はりま」と姉(1番艦)の「ひびき」は一般人はもちろん、海自隊員でも関係者以外は乗艦厳禁という艦で、私がこの艦に乗って見学・撮影することは夢のまた夢です。 潜水艦の音紋採取という機密性の高い任務に就いている当艦ですが、元々はソ連潜水艦を対象にしていただけに、冷戦終結・ソ連崩壊後はやや出番が減った感がありました。しかし、東シナ海方面において中国海軍が活発に行動するようになり、「ひびき」「はりま」も再び多忙な状況となっています。そのため、最近は呉で姉妹が2隻揃っている様子を見かけることがめっきり少なくなりました。 |
Eバースには本日のもう1隻の公開艦である輸送艦「おおすみ」がいます。こちらは上甲板に見学者はおらず、車両甲板のみの公開のようです。「いずも」と「おおすみ」の公開と言えば聞こえはいいのですが、基地内にいる艦艇はこの2隻と「はりま」と数隻の潜水艦のみ。つまり、一般に公開可能な艦はこの2隻しかいないのです。もう見事なくらい艦がいません。皆さん、お忙しいようで…。 2009年のちょうど今ごろに遠征した際も、基地内にいるのは「やまゆき」のみという事がありました。この時期は海自艦にとっては年度内でも有数の繁忙期であるようです。ただ、私が広島在住時に呉を訪れた際には、この時期といえども基地がこんなにガラガラになっているのを見た記憶がないのです。この現象も、近年、海自が多忙になったことの顕れと言えるのかもしれません。 |
「いずも」艦上に目を移すと、艦長の甲斐1佐がマニアの女の子からサインを求められていました。このマニア女子、「いずも」の帽子を被り、加えて「いずも」のバッジを幾つか付けているなど「いずも」の大ファンのようです。それだけに艦長にお会いできたことは、ざぞ嬉しいのだろうと推察いたします。サインが貰えて良かったですね。 近年、艦で艦長にサインを求める光景をよく見かけますが、このマニア女子と甲斐艦長の様子は見ていて心が和みました。 甲斐1佐は二代目の「いずも」艦長で、今年3月に就任しました。この「いずも」と入れ替わりで退役した「しらね」の最後の艦長を務めたほか、DD「ありあけ」の艦長を務めたこともあります。「しらね」最後の艦長が2代目の「いずも」艦長に就いたことに、幹部の人事を担当する海幕補任課の粋な計らいを感じます。 |
猛烈な暑さと強烈な日光が降り注いでいることもあり、撮影をしている間に甲板上の見学者がだいぶ減りました。艦上は降り注ぐ陽射しに加えて、甲板からの照り返しを浴びるので肌の日焼けだけでなく目の日焼け(充血・角膜損傷)や熱中症にも注意が必要です。 「いずも」のマストには第1護衛隊群司令が乗艦していることを示す海将補旗が揚がっています。この7月1日付で群司令は齋藤将補から伍賀将補に交替しましたが、伍賀将補は防大35期生です。そう、私がもし防大に進んでいたら共に学び、切磋琢磨したであろう“クラスメート”です。それだけに、お会いしたことはないものの伍賀将補には親しみを感じますし、ご活躍を願わずにはいられません。 随分な年長者が務めるイメージを持っていた海将補・群司令ですが、自分がその年齢に達してしまったことに驚きを禁じ得ません。 |
右舷後方にあるサイドエレベーターには艦載機であるSH-60Kが展示されています。母港停泊中は艦載機を所属航空隊に戻しますが、「いずも」は現在訓練航海の途中なので艦載機を載せています。横須賀を母港とする「いずも」なので、この機体は館山に所在する第21航空群所属機と思いきや、この機体は大村基地に所在し、通常は呉・佐世保所属艦にヘリを派遣する第22航空群所属機です。 「いずも」型DDHでは「しらね」型や「ひゅうが」型よりもヘリの搭載機数が増えたことから、派遣元の航空隊では運用する機体が不足する事態も発生しており、そのような場合は通常とは異なる航空隊からヘリが「いずも」に派遣されています。 側面に「IZUMO」と書かれたマークが貼られているのにご注目。イベント用なのか、それとも派遣中はずっと貼っているのでしょうか? |
公開で使用されているエレベーターは、この前部の一基のみなので、見学者の昇降のためにひっきりなしに上下しています。就役後からたびたび故障しているエレベーターですが、この公開で酷使してまた壊れやしないかと少し心配になりました。たびたび故障するということは、それだけこのエレベーターが非常にデリケートな装備品であるといえます。帝国海軍の空母「大鳳」はエレベーターの故障が沈没を誘引してしまったので、時代と状況が異なるとはいえ、エレベーターの取り扱いにはお気を付けいただきたいと思います。 見学者の中に「こんなエレベーターがあるなんて最新の護衛艦は凄い!」と言っている人がいましたが、既に大正末期から昭和の初期には海軍の空母に装備されていました。その事を考えると、我が国の造船・艤装技術の高さに改めて驚かざるを得ません。 |
「いずも」を降り、基地内のFバースを望む場所から「いずも」を撮影します。去年3月の就役以降たびたび撮影しているにも関わらず、この巨大さには毎回驚嘆の声を挙げずにはいられません。今日初めて「いずも」を見た人は、さぞその巨大さに驚いたことでしょう。 来年春、2番艦「かが」が呉に配備されますが、元々海自五大基地中でも最大の係留能力があり、加えてここ数年でも度々バースの延長が施されていることから、巨大な「かが」が配備されても他艦艇の係留にはさほど大きな問題は起きないと思われます。ただ、お盆や正月など多くの艦が在泊する時期には沖留めの艦が発生したり、「かが」自体が沖留めになる可能性があります。 一方で、就役式典に参加し、初代艦長・星山1佐との思い出も詰まった「いせ」が佐世保に転籍してしまうのはかなり淋しいです。 |
Eバースには艦番号が消された退役艦が係留されています。この艦の現役時代の名前は「しらゆき」。「ゆき」型姉妹の次女(2番艦)であり、6番艦までが既に退役している中で老体に鞭打って練習艦として奮闘していたあの「しらゆき」です。去年10月の観艦式では新鋭艦に負けないくらいピカピカに磨き上げられ、晴天下の相模湾を軽快に駆け抜けていたのに…こんな姿になってしまいました…(泣) 海自艦は海保巡視艇とは異なり、在泊時や夜間に無人になることはないのですが、退役して艦上から乗組員の姿が消えると、消えた艦番号や撤去された兵装とも相まって、私には魂が抜けた抜け殻のように見えます。しかしながら、長い間海上防衛の一戦に立ち続けた艦は、例え抜け殻になっても得も言われぬ威厳を感じます。可能ならば持ち帰って、実家の池に浮かべておきたいです。 |
こちらはEバースに停泊する「おおすみ」を正面から見たところですが、バース上の人の波は、午後の公開開始を待つ人の列です。 公開は車両甲板のみですし、見学者も午前中の「いずも」並に多そうなので見学はやめることにしました。過去にいっぱい撮影しているし…。 1998年の就役時にはその大きさに驚いた「おおすみ」ですが、以後「ましゅう」型補給艦や「ひゅうが」型DDH、「いずも」が就役したことで、あまり大きいとは感じなくなりました。恐らく多くの海自マニアが抱いているであろうこの感覚は、ここ10~15年間で海自艦艇の大型化が進んだことの副産物といえるでしょう。 それにしても、DDにDDH、練習艦に輸送艦、さらには潜水艦や音響測定艦などなど…呉の所属艦艇はなんてバラエティに富んでいるのでしょう。私の最もお気に入りの基地であり、訪れるたびに転職のためとはいえ広島を離れてしまったことを激しく後悔します(苦笑) |
このイベントに大勢の来場者が殺到する理由のひとつが、艦艇のカレーを味わえることです。会場内にはカレー販売コーナーが設けられ、「とね」「くにさき」「まきしお」「けんりゅう」という呉所属艦と呉教育隊のカレーが販売されています。教育隊のカレーとは珍しい! 私がここを訪れたのは午後1時を少し過ぎた頃だったのですが、その頃にはすべてのカレーがほぼ完売状態でした。残念!! これらのカレーは、各艦・部隊の隊員が販売している訳ではありません。艦・部隊のカレーを飲食店で食べることができる「呉海自カレー」という地域おこしにおいて、上記の艦・部隊を担当するお店が販売しています。呉市とその周辺ではホテルや食堂、居酒屋、喫茶店、ゴルフ場など30もの飲食店が、それぞれ担当した艦・部隊のカレーを提供しており、呉の新たな名物になっています。 |
カレーを食べ損なって落胆していると、威勢のいい掛け声が耳に入ってきました。「艦艇のレトルトカレー、いかがですかぁー!」。 声のするテントに近づくと、そこには各艦・部隊のカレーがレトルトで販売されているではありませんか!しかも種類も盛りだくさんです♪ カレーを食べ損なった無念を晴らすべく速攻で3個を購入(1個600円)、選んだのは「いなづま」「かしま」「とわだ」のカレーです。先週の神戸遠征の経緯により、今年の夏は「ときわ」推しなので、姉(1番艦)の「とわだ」のカレーは外すわけにはいきません(笑) 販売されているのは12種類で、初代艦長・星山1佐の体重が5kg増える原因となった「いせ」のカレーは、この時点で既に売り切れていました。他の来場者も私と同様にカレーを食べ損なった無念を晴らそうとしているのか、文字通り飛ぶように売れていました。 |
会場を出て見かけた珍しい船をご紹介。この船、白い船体をしているので海保の巡視艇と思われるかもしれませんが違います。 この船は名を「豊潮丸」といい、私の母校の大学の水産系学部が所有する実習船なのです。全長40.5m、総トン数256tで、先ほど呉基地内で見た「はりま」や「おおすみ」と同じ三井造船玉野事業所で建造されました。この船は2006年に就役した4代目で、海洋生物の調査や海洋環境の観測、航海実習等に使用されます。 我が母校、意外に船や海自に関わりがあり、工学部には全国でも数少ない船舶工学講座あり、技術幹部として海将まで昇り詰めた卒業生もいます。また現役の指揮官クラスでは、舞鶴教育隊司令の深谷1佐が我が母校の出身で、ちょうど入れ替わりではありましたが、同じ学部の先輩にあたります。 |
帰路に就くためにJR呉駅へ。おぉ、新型の227系電車がいるではないか!私が住んでいた頃はもちろん、つい最近まで広島近郊の山陽線・呉線・可部線には国鉄時代の旧型車両ばかりが走っており、その悲惨な状況は「国鉄廣島」と揶揄されていました。 しかし、ついにと言うかようやくと言うか、JR西日本が去年、新型の227系を投入し、呉線でもかなりの頻度で運行されるようになりました。旧型車両の乗り心地が極悪だったので、227系の投入で広島-呉間の移動が快適になってとても助かります。 さらに海自マニアにとって嬉しいのは、呉駅の列車接近メロディが「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌であること。1番線(下り)は歌詞の歌い出しの部分、2・3番線(上り)は前奏の部分が流れます。京急・横須賀中央駅の「横須賀ストーリー」よりもテンションが上がります♪ |
翌日の7月18日は「海の日」です。前日に呉で炎天下のなか撮影を敢行した疲れが残っているものの、「海の日」に家に引き籠っているのも残念過ぎるので、地元・大分の海自基地である佐伯基地分遣隊のサマーフェスタに足を運びました。 佐伯基地分遣隊は呉地方隊の隷下部隊で、小さな基地ではありますが、重要航路である豊後水道の警備や佐伯湾に入港した艦艇の支援といった重要な任務にあたっています。その重要性を裏付けるように、呉基地所属の多用途支援艦「げんかい」が前方配備されているほか、水船(YW)や交通船(YF)といった支援船も配備されています。全国に6か所ある基地分遣隊(稚内・新潟・父島・由良・佐伯・奄美)の中でも重要性が際立つ部隊です。分遣隊長は2佐が務めており、「潜水艦乗り」が多く充てられているようです。 |
このイベントの目玉は、配備されている支援船のうちの1隻・交通船YF2126による佐伯湾クルーズです。分遣隊のHPによると佐伯湾には救難飛行艇が着水しているということで、この交通船に乗れば着水中の飛行艇を至近距離で撮影することができます。 さらにどこぞの親切な来場者が、潜水艦「じんりゅう」が停泊しているとの衝撃的な情報を教えてくれました。これは乗るしかない! 乗船は先着順なので列に並んでいると、非情にも私の2人前で定員に達してしまいました。しかも、分遣隊の隊員さんは「次の便があるかどうかは未定」と言うではありませんか…。 あぁ、天は我を見放したか…。ショックに打ちひしがれて立ち尽くしていると、背後から「HARUNAさん、大丈夫。乗れますよ!」との声が。振り向くと地元のマニア・H本さんがいるではないですか。 |
H本さんはご主人と一緒に来場しており、交通船の乗船受付けも済ませていたのですが、ご主人が私と替わってくれるというのです。 とても嬉しい申し出ではありますが、それではご主人にあまりにも申し訳ないので一旦はお断りしました。しかし、ご主人の「私が乗るよりもHARUNAさんが乗ってHPで広報してくれる方が意味があるのです」との言葉に感銘を受け、ご厚意に甘えることにしました。 H本さん、ご主人さま、本当にありがとうございました。 交通船YFは機関音を響かせながら佐伯湾内を航行していきます。出港してすぐに、佐伯湾の艦艇を撮影する際に立つポイントが見えてきました。右側が女島埠頭で、左側の波消しブロックがある場所が艦の出入港時に撮影をしている場所です。海側からだとこんな風に見えるのですねぇ。これはいい経験だ♪ |
あっ、これは画像に写り込んでいる航路標識ではないですか! 女島埠頭に向かって航行する艦の画像に度々写り込んでいる航路標識ですが、こうして初めて近くで見ると何だか感激します。画像から本体に何らかの文字が記されているのは分かっていたのですが、その文字の正体は「佐伯泊地」と「海保tel.118」でした。 この標識は灯火ブイ式の左げん標識で、航路または可航水域の左側の端を示しています。確かに画像を見ると、女島埠頭に向かう艦はこの標識を左に見る形で航行しています。こちらを参照! 夜になるとその存在や色が識別不能になるので、夜間は緑色の灯火が点きます。左げん標識があるということは、右げん標識もあります。右げん標識は本体と灯火が赤色となります。イベントや観光遊覧船で湾内をクルーズする際には、ぜひ探してみてください。 |
そして目の前に潜水艦が現れました。今年3月に就役したばかりの最新鋭潜水艦「じんりゅう」です。水上艦に比べると小さくて迫力も今ひとつと感じることが多い潜水艦ですが、水面にすれすれの交通船の船内から見ると、堂々たる体躯とその迫力に圧倒されます。 一世代前の「おやしお」型とは異なる流麗な船体ラインを持つ「そうりゅう」型ですが、この型を水中動物に例えるなら、文字通り“水の中に棲む龍”と言えるのではないでしょうか。ちなみに「おやしお」型はクジラ、「はるしお」型はイルカだと私は思っています。 就役してまだ4ヶ月ということで長期に及ぶ警戒任務ではなく、潜水隊司令を乗せて習熟のための訓練航海をしている途中だと考えられます。セイル上のマストに潜水隊司令の乗艦を示す司令旗が揚がっているのにご注目。所属は第1潜水隊で、母港は呉です。 |
交通船は左舷側後方へ。「そうりゅう」型の特徴であるX舵の形状が良く分かります。先ほど「そうりゅう」型を“水中に棲む龍”に例えましたが、この角度から見るとまさに“後ろから見た龍”に見えませんか?AIP機関の区画が加わったために、艦内の居住性は前タイプの「おやしお」型から格段に悪化しましたが、こと外観だけを見ると、これほどスタイルのいい潜水艦は類を見ないと言っても過言ではないでしょう。現状、世界で最も美しい潜水艦だと思います。 美しさに一役買っているX舵ですが、もちろん美しさを追求して採用された訳ではありません。4枚の舵すべてに回頭と姿勢制御の役割を持たせることで、艦の大型化で低下した俊敏性を補っているのです。海自は潜水艦は3000tを超えると被発見率も高くなると考えており、「そうりゅう」型はギリギリの2900tに収められています。 |
「じんりゅう」の艦尾を周回して右舷側へ。舵に近いエリアや船体上面といった乗組員が歩行する箇所は吸音タイルが貼られていないことが分かります。以前にもご紹介しましたが、この吸音タイルは剥離した際に責任の所在が明らかになるよう、全てのタイルの裏面には作業担当者の氏名が記されています。何と恐ろしい…。 ある部分の形状から「じんりゅう」は三菱重工製であることが分かりますが、潜水艦の副長経験がある幹部によると、同型艦でも三菱重工製と川崎重工製では挙動に違いがあるということです。あくまでも感覚的な差ということですが、簡単に言えば三菱製は剛性感のあるがっちりとした動き、川崎製は素直で軽快な動きだそうです。さらに車に例えれば、三菱製がトヨタ車、川崎製が日産車とのこと。ちなみにこの幹部は三菱製の方が好みだと言っていました。 |
右舷前方へ。交通船は「じんりゅう」の周りを2周してくれましたので存分に撮影することができました。画像では分かりにくいのですが、セイル側面には消された艦番号「507」がうっすらと見えました。就役間もない潜水艦の特徴といえますね。それにしても、分遣隊で私に「じんりゅう」が停泊していることを教えてくれた親切な来場者は、どうしてこの艦が「じんりゅう」だと知っていたのでしょう? 交通船が「じんりゅう」から離れる際に、セイル上と甲板上にいる数人の乗組員が手を振ってくれました。皆さん、メンテナンスか何かの作業をしていたようですが、作業を一時中断してのお見送りに嬉しくなりました。「じんりゅう」のご安航をお祈りいたします! 潜水艦、しかも就役直後の最新鋭艦を海上から至近距離で撮影できるなんて、今日の佐伯フェスが今年一の神イベントだわ…。 |
交通船は速度を上げて佐伯湾内を北上します。すると、すぐに海上に浮かぶアラートオレンジの機体が目に飛び込んできました。 救難飛行艇US-1Aです。遭難した航空機・船舶の捜索や乗員の救助、離島からの急患輸送といった任務にあたっている水陸両用飛行艇で、全機が岩国基地に所在する第71航空隊に所属しています。 1975年に初号機が納入されて以降、2005年までに20機が生産されましたが、いま佐伯湾に着水しているこの機体が最後の20号機です。波高3mまでなら着水が可能ですが、海面への着水という過酷な使用条件のために15年程度で耐用年数を迎えてしまいます。 現在は後継機のUS-2の生産・配備されていることから、US1-Aは退役により徐々にその数を減らしています。 副操縦士が窓から身を乗り出して手を振っているのにご注目! |
US1-Aと先ほどの「じんりゅう」との位置関係と距離感はこんな感じです。飛行艇と潜水艦を1枚の画像に収めることができるなんて滅多にない経験ですよ!改めてH本さんとご主人に感謝です。 こうして見ると、佐伯湾は結構な広さがあり波も穏やかで、艦艇の泊地としては申し分ない条件を揃えていることが分かります。 かつては護衛艦隊が訓練終了後に入港し、分遣隊で反省会や競技会を行っていました。艦が大型化した現在では護衛艦隊レベルの入港は無理になりましたが、それでも過去にレポートしているように護衛隊群が揃って入港することが度々あるなど、五大基地以外では国内唯一と言ってもいいほどの拠点となっています。 それほどの重要拠点にも関わらず、県内には陸自部隊が多く駐屯しているためか、佐伯分遣隊の県民の知名度は今ひとつです。 |
US-1Aを右側後方から眺めます。アラートオレンジに塗られた垂直尾翼が海面に映り込んで、少し幻想的な雰囲気です。それにしても海上でこの色の機体はよく目立ちます。救難が任務ですので、被救難者がよく視認できるようにという配慮からこのような塗装なのでしょうけど、後継機のUS-2が洋上迷彩とも言える低視認性塗装を採用しているのとは対照的です。 このUS-1Aはフェスのために佐伯に飛来したのでしょうか?もしかしたら訓練の途中に佐伯湾に着水し、フェスに参加しているのかもしれません。というのも、岩国を拠点とするUS-1AとUS-2は、岩国から近い豊後水道(佐伯湾が面している)で頻繁に訓練を行っているからです。20年ほど前には豊後水道で訓練中だったUS-1Aが着水に失敗して転覆、搭乗員11人が殉職する事故も起きています。 |
交通船はUS-1Aの周囲を2周半回ったのち分遣隊へ戻ります。分遣隊に近づくにつれ、巨大なクレーンが林立する造船所が見えてきました。佐伯基地分遣隊の隣には佐伯重工業という造船所が所在しています。現在、船台では貨物船が建造されており、艤装岸壁にはほぼ完成しているように見えるフェリーが泊まっています。JMUや三菱重工のような全国的な知名度はありませんが、かなりの大型船を数隻同時に建造している様をみると、優れた技術力を持つ造船所であることが窺えます。 海自の隣に造船所があるなんて、まさに“ミニ呉基地”といった趣がありますが、佐伯重工業は旧海軍工廠に由来する造船所ではありません。ただ、会社のある場所はかつては佐伯海軍航空隊の敷地であったことを考えると、海軍と縁のある造船所ではあります。 |
約50分間にわたる佐伯湾クルーズが終了し、分遣隊の桟橋に戻りました。佐伯湾に浮かぶ最新鋭潜水艦と救難飛行艇を間近で撮影することができて、もうお腹いっぱいです。いや~神イベントだわ。交通船以外に海保の巡視艇もクルーズを行っていますが、こちらも既に定員いっぱいで受付けが終わっているよう。また一般公開を行っている多用途支援艦「げんかい」は見学者で大賑わいで、乗艦待ちの列までできています。東九州の小さな基地にも昨今の海自ブームが押し寄せていることを感じます。 そんな小さな基地のイベントが驚きの内容であったことは、泊地・作業地として重要な役目を担う佐伯基地分遣隊の面目躍如といったところでしょうか。規模縮小が顕著な今夏のイベントにおいて、このようなサプライズがあるとは海自も粋な事をするものです♪ |