DD「たかなみ」訪問&入渠航海


1月15日に横須賀へ遠征し、DD「たかなみ」を訪問。翌16日には「たかなみ」の航海に同乗しました。
なぜ私は「たかなみ」を訪れたのか、そして私を乗せた「たかなみ」は何処へ向かったのでしょうか?

2017年がスタートしてまだ二週間足らず…にも関わらず、いきなりの横須賀遠征です。1月15日午前11時20分、私は横須賀基地を臨むヴェルニー公園にいます。艦艇マニアにとってはシーズンオフのこの時期に、なぜ私がこの場所にいるかというと、これから基地内に停泊しているとある護衛艦を訪問するためです。

観艦式やイベントで何度も訪れている横須賀基地ですが、もちろん今日はイベントは開催していませんし、日曜日でもあるのでシンと静まり返っています。逸見岸壁と吉倉桟橋にもある程度の数の艦が停泊しています。その中にはこれから私が訪れようとしている艦の姿も見え、否応なしにも心が躍り、胸が高鳴ります。艦に乗るのにこんなにワクワクするのは本当に久しぶりだなぁ…。そんなことを考えているうちに約束の時刻に。いざ横須賀基地内へ。
今回私が訪問する艦はDD「たかなみ」です。そして、大変畏れ多いことに、艦長の坂井二佐が艦を降りて私を出迎えてくれました。
皆さん覚えていますでしょうか?一昨年7月にDDG「こんごう」別府に寄港した模様をお伝えしたレポート内で、私と意気投合した「こんごう」副長をご紹介したことを。そうです、この坂井二佐こそがその副長であり、めでたく去年9月に「たかなみ」艦長を拝命したのです。坂井二佐、艦長就任おめでとうございます!

別府寄港の際に、私は図々しくも「艦長になったらカレーを食べさせてください」とお願いしていたのですが、坂井二佐は律儀にもその約束を忘れておらず、私を艦にご招待してくださったのです。
嗚呼、何という光栄でしょう…坂井二佐、ありがとうございます!「たかなみ」も「待ってましたよ」と、私に語りかけているようです。
舷門で当直士官・副直士官・当直海曹・当直海士の丁重な出迎えを受けて艦内へ。まずは士官室にご案内いただきました。
「たかなみ」型と準同型艦の「むらさめ」型の士官室には何隻かの艦で足を踏み入れた経験がありますが、面白いことに、構造は同じにも関わらず、椅子や絨毯の色、調度品の違いなどによって各艦で雰囲気が異なります。この「たかなみ」は、一言で言えばシックで落ち着いた雰囲気、なかなかいい雰囲気ではありませんか。

逆に最も華やかだったのは「ゆうだち」。絨毯は深紅の赤、椅子は濃い青、目隠しのカーテンも濃い赤色で、まるで高級ホテルのような雰囲気でした。この違いは、多分に艤装員長(=初代艦長)の趣向とセンスに拠る所が大きいのですが、「たかなみ」は堅実な性格の方が艤装員長だったことが推察されます。
↑の画像とは逆方向(上座方向)はご覧のような感じ。一番奥の席が艦長の席です。背後の壁には「温故知新」と記された木製プレートと、各級指揮官の指導方針が記された額が飾られています。
木製プレートの「温故知新」の文字ですが、「たかなみ」が就役した時(2003年3月)に海幕長を務めていた古庄海将の書です。この古庄海将、私の地元・大分のご出身で、退官された現在でも講演等で精力的に活動していらっしゃいます。

坂井艦長の指導方針は「一丸完遂」。細目として「心技体の錬成」「チーム力の発揮」「メリハリのある艦風の醸成」を挙げられております。誠実なお人柄が表れた指導方針だと思います。ちなみに第6護衛隊司令の指導方針は「誠実」「積極進取」、第2護衛隊群司令は「任務は完遂」「勤務は充実」「2群は一心」となっています。
さっそく「たかなみカレー」をいただきます♪ おぉ、美味しそうだ!
食べる前からスパイシーな香りが私の鼻孔をくすぐります。堪らずまずは一口…お、美味しい…。 この「たかなみカレー」の味は、過去に食べたどの艦のカレーとも異なる方向性です。ルーは粘度が高く、食べた瞬間はまろやかな味わいですが、しばらくすると心地よい辛さが口内いっぱいに広がります。この味、一晩寝かせてコクが深くなったカレーに似ています。「たかなみ」の給養員が時間をかけてじっくりと作り込んだことが窺える逸品です。

ルーの中にはゴロゴロとした大き目の牛肉が入っていて食べ応えも十分、もちろんおかわりさせていただきました(笑) このカレーを毎週金曜日に食べている坂井艦長ですが、「このカレー、美味しい!」と、自艦のカレーの素晴らしさを再認識されておられました。
カレーを食べ終わったあと、坂井艦長によるブリーフィングが行われました。「たかなみ」は坂井艦長が就任して僅か1ヶ月半後の10月24日に、ニュージーランドに向けて横須賀を出港、ニュージーランド海軍主催の国際観艦式とASEAN各国海軍など18ヶ国による立入検査訓練に参加しました。さらに、帰路には厚労省の遺骨収集事業に協力し、ソロモン諸島で戦死した英霊のご遺骨150柱を日本へ連れ帰りました。帰国は年末の12月15日で、総航海距離は地球半周分に相当する1万1408マイルにも達しました。

艦長を拝命して日が浅いにも関わらず、186人の乗組員を束ねて大きな海外派遣任務を完遂させた坂井艦長の統率力と力量は称賛に値すると思います。お見事!そして、お疲れ様でした。
(※画像内のブリーフィング用資料は著作権の関係で加工しています)
ブリーフィング終了後、坂井艦長に艦内を案内していただきました。まず最初は艦長室です。この部屋、見覚えのある人も多いのではないでしょうか。2010年に人気深夜番組「タモリ倶楽部」が「たかなみ」を特集した際に、タモリさんら3人の出演者が最初に訪れて当時の艦長(溝口二佐)に挨拶を行ったあの部屋です。
艦長室には執務用の机応接セットがあり、奥の私室にはベッドと洗面所・お風呂・トイレが備わっています。番組内でも紹介されましたね。

壁に2人の指揮官の写真が飾られています。上司の2護群司令と6護隊司令かと思ったら、「こんごう」副長時の艦長(齊藤一佐)群司令(齋藤将補)でした。坂井艦長はこのお二人を尊敬しているということで、判断に迷ったり悩んだりする際には、写真を眺めながらこの二人ならどう決断するだろうかと考えるそうです。いい話だ…。
続いては艦橋です。誰もいない艦橋、最高です!
私の訪問を見越して、画像に写ってはマズい箇所や表示にはちゃんと目隠しが施されているので、安心して撮影ができます。人が写り込むこともないのでいい画像がたくさん撮れます。嬉しいなぁ♪

坂井二佐がこの「たかなみ」の艦長を拝命した際、私は少々意外に思いました。というのは、「なみ」型DDは「むらさめ」型や「あきづき」型と同じく、「ゆき」型や「きり」型、「あぶくま」型等で艦長を経験した二佐が2隻目の艦長配置となる艦だったからです。
坂井艦長によると、「ゆき」型の大半が退役したり練習艦に種別変更されていることや、「あさひ」型といった新たなタイプのDDも建造されていることから、2〜3年ほど前から「なみ」型と「むらさめ」型も1隻目の艦長配置の艦に変更されたということです。
艦橋ウイング部から艦首方向を眺めます。左前方の逸見岸壁には、きょう私が「たかなみ」を訪問することを何処かで聞きつけたのか、妹の「さざなみ」が呉から駆け付けています(笑)

坂井艦長は出入港の際にこの場所から操艦を行いますが、副長時代は「たかなみ」より大きい「こんごう」を自在に操艦していたにも関わらず、初めて艦長として入港・接岸する際には「たかなみ」が「こんごう」よりも遥かに大きな艦のように感じたとのこと。「艦長という責任ある立場に就くと、こんなにも感覚が変わるのかと驚いた」という坂井艦長の言葉から、艦を預かる艦長という職が、いかに重圧がかかる立場であるかということを実感しました。
私たちマニアが憧れる艦長ですが、その華やかな存在の一方で重圧を一人で耐えねばならない激務であることを知るべきでしょう。
再び艦橋内に入り艦長席を眺めます。一般公開の際には多くのマニアや見学者がこの椅子に心を躍らせ、着座して記念撮影を行いますが、この艦長席は、実はとんでもなく重い責任を背負うことに対する対価であると考えると、気軽に座るなんてことはできません。
とはいうものの、坂井艦長から「記念に1枚いかがですか」と勧められた私は、しっかり着座した姿を撮影してもらいました(笑)

旧知の幹部(将官)は「艦長はもうしたくない。いや、できない」と私に話したことがあります。その人は唯一経験した「ゆき」型の艦長を離任する際、送迎の内火艇の中で猛烈な勢いで目から涙が溢れたというのです。それは離任の寂しさではなく、重責から解放された安堵感から流れた涙だったとのこと。憧れの職を「もうできない」と思わせる重い責任、艦長とはそれほど大変な配置なのです。
続いては艦橋構造物内にある士官私室です。幹部の私室は通常は2人部屋ですが、ここは個室です。棚と一体化した机とベッド・洗面台・ソファーが備えられており、なかなか快適そうです。この個室は何用かというと、群司令部が乗艦した際の首席幕僚(一佐)用の部屋だということです。一佐の幹部ともなると、さすがに2人部屋に押し込む訳にはいかず、このような部屋(個室)を用意するのです。

ニュージーランド派遣からの帰路、「たかなみ」はソロモンから英霊のご遺骨を連れ帰りましたが、その際、この部屋に乗組員が自作した祭壇を据え付け、150柱のご遺骨を安置しました。
第三次ソロモン海戦で沈没した駆逐艦「高波」の名を継ぐ「たかなみ」が、ソロモン諸島で戦死した英霊のご遺骨を日本に連れ帰ったことは、不思議な歴史の巡り合わせを感じずにはいられません。
船体内の第2甲板に降りて機関操縦室へ。手前は機関長の席、正面は主機操縦盤、左が電源監視盤、画像には写っていませんが、右手には応急監視制御盤があります。新しい艦の機関室らしく、操縦盤・監視盤はメーター類が少なく、代わりに液晶画面が様々な情報を表示しています。艦は停泊中でも電気を使い、空調も作動させていますので、部屋には数人の機関科員が詰めていました。

「たかなみ」型の主機は「むらさめ」型をそのまま踏襲したことからCOGAG方式で、異なるメーカーの2機種4基で構成されています。1号・4号主機がゼネラル・エレクトリック社製(単機出力1万6500馬力=高速用)で、2号・3号主機がロールス・ロイス社製(同1万3500馬力=巡航用)となっています。COGAG方式でも、このように異なるメーカーのエンジンを組み合わせるのは珍しい事例です。
艦内のオアシス=科員食堂です。何だか心が落ち着く雰囲気だなと感じたのは、椅子と床がグリーン(緑色)だからでしょう。特に椅子が緑色なのは結構珍しいのでは。私の経験では、赤やオレンジ・青というのが科員食堂の椅子のポピュラーな事例で、実際に2番艦「おおなみ」の椅子は鮮やかなオレンジ色です。
ちなみに、「たかなみ」型の科員食堂は、前型式の「むらさめ」型・次型式の「あきづき」型と全く同じ配置・構造となっています。

一方、食堂と並ぶ科員用施設である居住区は、「むらさめ」型とは大きく変更されています。「むらさめ」型では“艦艇勤務の魅力化”の一環として1区画12名の小部屋としましたが、「たかなみ」型では30名の大部屋に改められました。また、ベッドも通常は二段ですが、邦人輸送任務用に三段化することが可能となっています。
科員食堂にほど近い場所に先任海曹室(CPO室)があります。若い海士たちにとっては、士官室よりも入室するのが緊張する場所です。理由は不明ですが、多くの海自艦では先任海曹室は科員食堂に近い場所にあります。海曹士に睨みを効かすためでしょうか?
先任伍長・小倉海曹長以下16人の執務室兼食堂兼居住区ですが、「たかなみ」では艦橋構造物内の第1甲板にある士官私室の空き部屋を先任伍長室に充てています。

「たかなみ」型の先任海曹室は、「むらさめ」型と同じ構造ですが、内装・調度品等は大幅にグレードアップされ、天井に配管がむき出しになっている点以外は、一見すると士官室かと見間違うくらいの格調高い部屋となっています。CPOは“曹士の親分たち”ですから、働きに見合うだけの立派な部屋を与えるのは当然だと思います。
約3時間に及んだ訪問を終えて、「たかなみ」を後にします。
美味しいカレーをご馳走になり、艦内を見学し、さらに、お土産として帽子や特製手拭い等の「たかなみ」グッズまでいただいて大満足。早くも2017年の運を使い切ってしまったような気分です(笑)

「たかなみ」が停泊している吉倉桟橋には「むらさめ」「てるづき」もいます。そして、桟橋上には私以外誰もいません。吉倉といえば、ヨコスカサマーフェスタや観艦式の際の見学者や乗艦者でごった返した状態しか知らないので、この光景は新鮮かつ貴重です。
で、通常ならば坂井艦長のご活躍を祈りつつ大分への帰路に就くという流れになるのですが、今回の「たかなみ」訪問はこれで終わりではありません。明日の朝、私は再びここ吉倉桟橋から「たかなみ」に乗艦し、ある場所へ向かう航海に同乗取材するのです。
ということで、翌16日の午前8時、私は「たかなみ」の後部ヘリ甲板にいます。目の前には「たかなみ」の乗組員が整列し、ラッパ譜「君が代」の吹奏に合わせて掲揚される自衛艦旗に敬礼しています。民間人の私でも心が洗われ、引き締まるひとときです。もちろん、私もこの画像を撮影したあとは艦旗に向かって姿勢を正しました。

私は艦長のお客様ということで、出港までの間、若い乗組員(三曹)が案内役として付いていてくれたのですが、その乗組員は対潜ヘリの機体整備を担当する人でした。艦の分隊でいえば第5分隊所属の乗組員で、人数が少ないため艦内で出会うことは結構稀です。
仕事の特性上、艦と航空基地両方の勤務があるのですが、「艦と基地、どちらが好き?」という私の質問に対し、その乗組員は「艦の方が生活にメリハリがあって好きです」と答えてくれました。
自衛艦旗掲揚後、すぐに「たかなみ」の隣に目刺しで停泊していた「てるづき」が動き出しました。てっきり訓練か何かで出港するものと思っていたら、「てるづき」は港外には向かわず一直線に逸見岸壁の方へ。実は、「てるづき」が「たかなみ」の隣に停泊したままでいると「たかなみ」が出港できないので、いち早くどいてくれたという訳。いわゆる、岸壁(桟橋)の付け替えという行動です。

「てるづき」は自衛艦旗掲揚の前から出港作業を行っていたのですが、作業が進むことによって出港に向かって艦全体のボルテージが徐々に高まっていく高揚感が、私はたまらなく好きです。隣にいた案内役の隊員さんも、「艦が出港する時の雰囲気っていいですよねぇ。乗組員でもそう思います」と言うではありませんか。二人で嬉々としながら「てるづき」の出港風景を眺めました。
出港25分前、艦橋に上がりました。出入港部署で艦橋に詰める幹部・航海科員は既に配置に就いています。甲板上と艦内では出港に向けた作業が始まっており、艦橋の航海科員には艦内電話等を通じて艦内各箇所から様々な報告が上がってきます。
そして出港15分前になると、次のような指示が艦内に流れます。
「航海当番配置に就け。艦内警戒閉鎖!」

「てるづき」出港の際に「出港に向かって艦のボルテージが上がっていく高揚感が好き」と述べましたが、出港前の艦橋にいるとその高揚感がひしひしと伝わってきます。私が勤める会社(というか大半の民間企業)は、朝出社して淡々と仕事が始まり、夕方にこれまた淡々と仕事を切り上げて帰宅するので、このような高揚感はありません。私もこんな素敵な職場(=艦艇)で働きたいです…
坂井艦長は右舷側艦橋ウイングのジャイロコンパスの前に立ち、出港作業の指揮操艦を行います。艦長の後ろには曳船指揮官(概ね砲雷長または船務長が担当)が立ち、艦長の指示を無線で曳船に伝えます。主機の試運転が異常なく終わり、艦内の警戒閉鎖が完了すれば、いよいよ艦と桟橋を繋ぐ舫いを外していきます

「たかなみ」と桟橋を繋ぐ舫いは6本。艦長は順々に外す舫いを指示します。「6番はなーせぇー」「4番はなーせぇー」…。そして1番舫一本を残しつつ、曳船をゆっくりと曳かせます。「たかなみ」が徐々に桟橋から離れ出しました。いよいよ最後の一本を外す時がきました。
坂井艦長は力を込めて号令を掛けます。「出港よーい!」
すかさず航海科員が渾身の力を込めて出港ラッパを吹奏します。
「パカパパ〜 パカパパ〜 パカパッパ パッパパ〜♪」
曳船に曳き出された「たかなみ」は、機械(主機)を使ってゆっくりと後進していきます。後進を始めてすぐ、艦内放送が流れました。
「第1護衛隊群司令に敬礼する。右、気を付け!」
放送に続いて、再び航海科員がラッパを吹奏します。
「パア〜 パア〜 パッパカパッパッパ〜♪」
坂井艦長以下、艦橋ウイング部や甲板上にいる乗組員は、第1護衛隊群司令が乗艦している「むらさめ」に対して敬礼します。

海自では、基地内に将旗を掲げる艦(=将官が座乗する艦)がある場合、他の艦は出港時に敬礼を行うことになっています。1護群は多くの場合DDH「いずも」に群司令と司令部が座乗していますが、数日前から「むらさめ」に移乗しているようです。となると、気になるのは「いずも」の所在。実は、このあと驚きの場所に現れます。
早朝の吉倉桟橋を望みます。真冬とはいえ快晴の空、穏やかな海面、朝日に照らされた艦艇群…とても美しい光景です。
「たかなみ」の対面(Y-2)には「むらさめ」が停泊していますが、もう1本の桟橋の方(Y-3、Y-4)には「いかづち」試験艦「あすか」がいます。「いかづち」の隣には補給艦「ときわ」もいたのですが、午前8時前に出港しました。奥の方には特務艇「はしだて」もいます。

「むらさめ」「いかづち」ともに出船の状態で停泊していますが、私が乗る「たかなみ」や隣にいた「てるづき」は入船で停泊していました。吉倉桟橋における「入船」「出船」の違いは何に起因するのでしょう?時期によっては全艦が入船だったり出船だったりしますし…。
昨年の夏は展示訓練や体験航海が一切実施されなかったので、久しぶりに動いている艦に乗って、心はまさに“阿波踊り状態”です♪
「たかなみ」は180度回頭し、港外に向けて進路をとります。坂井艦長は操艦を航海長に渡し、右舷側にある艦長席に座っています。
「たかなみ」の航海長は一尉で、ジャイロコンパスを覗きながら針路を定め、操舵員に颯爽と指示を出す姿がとても素敵です。
私が尊敬する井上成美大将は航海畑の士官だったこともあり、私にとって航海長という配置は特別な響きを持っています

海軍時代とは異なり、海自水上艦の航海長は若手幹部の登竜門的な配置で、飛行・補給を除くすべての幹部が一度は経験する配置です。そして、二尉〜一尉で航海長を務めたあと頃に幹部中級過程に進み、砲術・水雷・船務・機関等の特技(=専門分野)を取得し、砲雷長・船務長・機関長への道を歩みます。砲雷長と船務長が直配置の際に操艦ができるのも、航海長の経験があるためです。
艦橋で撮影を行っていたら、「『はしだて』が出港した」という報告が聞こえてきました。「えっ、『はしだて』?」と驚いた私は急いでウイングに出て後方を確認、そこには白とグレーの特徴的な塗装を纏った「はしだて」が航行している姿がありました。これは珍しい!
海自艦の中でも異色な存在である「はしだて」は、特務艇というよく分からない艦種ですが、簡単に言うと迎賓艇兼小型臨時病院船です。通常時は諸外国海軍や国内外からの賓客をもてなす一方で、災害が発生すれば小さな港でも入港可能な病院船となります。

2010年8月の伊勢湾マリンフェスタで見学し、その特徴的な艦内設備に驚かされましたが、それ以降は撮影の機会に恵まれていないことから、ここで航行シーンを撮影できるのは本当に幸運です。
ところで、「はしだて」は何処に向かっているのでしょう?訓練?
出港して約20分後、「たかなみ」は最微速で航行します。というのは、航路の両側に夥しい数の漁船と遊漁船がおり、加えて「たかなみ」の前方には、進路を横切る形で大小さまざまな船舶が航行しているのです。右前方の遊漁船は画像だとレンズの広角効果によってやや距離があるように見えますが、実際には魚を釣っている人の表情が肉眼でも分かるほどの超至近距離にいます。

「たかなみ」が速度を落としたのは、もちろん事故防止のためですが、艦が発生させる引き波至近距離にいる船を揺らさないための配慮でもあります。引き波でも事故に繋がる恐れがあるのです。
「たかなみ」を珍しがって近寄ってくる船がなかったのは幸いでしたが、鋼鉄製の軍艦(=護衛艦)が小型船のすぐ近くを航行するのは、いつ見てもあまり気分がいいものではありません…(汗)
その頃、艦橋内はどのような状況かというと…艦長・航海長、さらに見張りのために詰めている幹部・曹士が皆、双眼鏡を覗きながら、「たかなみ」の近くにいる小型船や近づいて来る船舶を確認、その報告を基に、航海長が航海科員に針路と速力の指示を出します。

見張りは艦橋に詰めている乗組員だけが行っているのではありません。実は見張りは艦橋とCICの共同作業なのです。CICがレーダーで進路周辺にいる船舶を探知し、それを艦橋へ報告。なかでも自艦に近づいて来る船舶に関してはA(アルファ)B(ブラボー)などと順番に符号を付け、大きさや進路、距離を報告。その報告を基に艦橋の見張りが双眼鏡(目視)で確認して、詳細な動向を航海長に報告するというのが大雑把な流れです。まさに、艦全体が神経を研ぎ澄まして船舶の動向を注視していると言っても過言ではありません。
左右両舷の艦橋ウイングでは、航海科の見張り員が吹きすさぶ寒風に耐えながら、懸命の見張りを行っています。分厚いジャンパーを着用し、手袋を装着するなどの防寒対策は施してはいますが、真冬の海上という極寒の中で何時間も見張りを行う姿に感銘を覚えずにはいられませんでした。私も撮影でかなりのあいだウイングにいたのですが、文字通り鼻水が凍るような寒さでした…。

艦橋内の見張りよりも遥かに高倍率の望遠鏡を覗いているとあって、CICから名指しで問い合わせが来ることもしばしば。「右10度の大型船、種類は?」「前方から小型船が接近しているの把握してる?」などといった問い合わせに、望遠鏡を通して目視した内容を返答していました。艦の安全な航行は、過酷な条件の中で任務に就く航海科見張り員の働きによって支えられていることを実感しました。
「たかなみ」は船舶がひしめく海域を航行中であり、一歩間違えば事故の恐れすらある訳ですが、だからといって坂井艦長が操艦している航海長にあれこれと細かい指示を出す訳ではありません
要所要所でアドバイスをしたり、問い合わせや確認をするだけです。艦長は乗り組んでいる幹部の中で最も経験豊富なのですから、危険性の高い海域を航行する際は、自ら操艦するか、又はあれこれと細かな指示を出す方が気が楽なのは間違いありません。

しかし、敢えてそのような事はせず、部下に一旦操艦を任せたらある程度は自由にやらせ、代わりに一切の責任は自らが背負うというのが艦長のあるべき姿なのです。「艦長になって、部下を信頼して任せることがいかに大変かと感じています」と話していた坂井艦長。艦橋に立つその姿は、とても大きく、かつ頼もしく見えます
艦橋内で艦長とは別の意味で存在感が光っていたのが、こちらの幹部=通信士です。袖の階級章を見れば分かるとおり三尉で、昨年江田島の幹部候補生学校を卒業したばかりの幹部一年生です。
他艦との通信を担当することから通信士と呼ばれていますが、業務の内容からして本来は航海士と呼ぶべき配置で、水雷士・機関士などと並んで新人幹部が充てられる士配置の代表的存在です。

この通信士、とにかく元気に艦橋内を駆け回ります。陸上目標に対する方位を右舷・左舷両方のジャイロコンパスで測って艦の現在位置を海図に記入するほか、艦位や次回変針点までの距離を艦長と航海長に報告したり、艦内放送の内容を航海科員に伝達したりと獅子奮迅の働きぶり。若い幹部の溌剌とした姿を目の当たりにして、齢(よわい)50間近の私も仕事への決意を新たにしたのでした(笑)
夥しい数の漁船・遊漁船がいる海域と大混雑航路=浦賀水道航路を抜けた「たかなみ」は、速力を上げて目的地へと向かいます。
ところで、私はまだ「たかなみ」が何処へ向かっているかを明かしていませんでしたね…。「たかなみ」の目的地は、横浜市磯子区にあるJMU横浜工場です。実は、「たかなみ」は今日から3月いっぱいまでの間、JMU横浜工場で修理(年次検査)を受けるのです。

今回、私が「たかなみ」に乗艦しているのは、JMUまでの回航を利用した体験航海に参加しているためで、この体験航海は乗組員の家族や関係者、入隊希望者を対象に実施されています。↑で紹介した通信士のお母様もこの体験航海にご参加されていて、我が子が溌剌と働く姿をとても嬉しそうに眺めていたのが印象的でした。
お母様、とても立派な息子さんですよ!将来が楽しみですね♪
「たかなみ」が横浜沖に達した時、正面に富士山が現れました。
えっ、富士山ってこんなに近くに見えるの?観艦式の際、相模湾上で富士山を見たことがありますが、横浜沖から見る富士山は角度が相模湾とは異なるためか、随分違った表情をしています。
頂上が雲で覆われているのが少々残念ですが、年明け早々に富士山を拝むことができるなんて何という幸運でしょう。今年はとてもいい年になりそうな予感がしてきました♪ たくさん艦に乗れますように…。

雪景色の富士山に横浜の工業群、そしてコンテナを載せた貨物船…なかなかに素敵な風景ではありませんか!実は私、寒風が吹き抜ける艦橋露天部で撮影を行っているのですが、鼻水が凍るほどの寒さも忘れてしまうほどの美しい景色です。見張り員たちもこのような風景を垣間見ることで、寒さに耐えることができるのかもしれません。
JMU横浜工場が近づき、艦内に入港ラッパが鳴り響いた頃、驚愕の光景が目に飛び込んできました。3月に引渡し=就役を控えたDDH「かが」の隣に「いずも」が停泊しているのです。「いずも」型DDH姉妹の超貴重なツーショット!しかも、背景には富士山!!
横須賀に「いずも」の姿が見当たらず、1護群司令部も「むらさめ」に移っていたのは、JMUで修理を受けていたためだったのです。

停泊している「かが」ですが、実は浮き桟橋を介して桟橋に接岸しています。その浮き桟橋ですが、関東大震災で損傷し、ワシントン軍縮条約で廃艦となった巡洋戦艦「天城」(空母「赤城」の姉)の船体を流用したものなのです。損傷した「天城」の代わりに空母に改装された「加賀」の名を継ぐ「かが」が、「天城」の船体(=浮き桟橋)に横付けしていることに、これまた歴史の巡り合わせを感じてしまいます。
「たかなみ」は曳船によって180度回頭し、後進しながらJMUの桟橋に付けます。JMU横浜工場は国内屈指の大規模造船所ということで、敷地内には「いずも」「かが」のほか、建造中・艤装中の貨物船や大型フェリーなどがいて、かなり賑やかな雰囲気。さらに珍しいことに、「そうりゅう」型潜水艦(艦名不明)の姿まであります。
潜水艦は基本的には三菱重工神戸造船所か川崎重工神戸工場で修理を受けますが、年次検査はJMU横浜のような潜水艦を造らない造船所でも実施することがあります。

ちなみに、「たかなみ」は名門・浦賀ドックの流れを汲む住友重機械工業浦賀工場で建造されました。しかし、この浦賀工場は住友重機械工業の工場集約のために2003年に閉鎖され、この「たかなみ」が浦賀工場が建造した最後の船となってしまいました。
とても残念なのですが、約3時間に及ぶ航海が終了しました。
この航海では坂井艦長の操艦指揮ぶりを見ることを楽しみにしていたのですが、実際にはそれだけでなく、安全な航行のために乗組員が懸命に働く姿を見ることができたのが大きな収穫でした。
「たかなみ」の幹部と曹士の働きぶりから、坂井艦長の統率により「たかなみ」が精強な艦に仕上がっていると感じました。

百数十人の乗組員の命と1000億円もの国家財産(=艦)を預かる艦長は、華やかに見える一方で、非常に重い責任と重圧を一人で背負わなければなりません。しかし、その環境下で己の力で艦を精強に仕上げていく事は、人生を捧げるにふさわしい仕事だと私は思います。艦長という立場が人を育て人格を磨くのか、一昨年にお会いした時よりも、坂井二佐が一回りも二回りも大きく感じました
ちなみに、勤務している会社で大して出世していない私、大きくなるのは腹回りだけという情けない状況となっております…(苦笑)
さて、「たかなみ」は今日から3月いっぱいまで、ここJMU横浜工場で修理を受ける訳ですが、2ヶ月半ものあいだ艦を動かさずにいることや、この修理期間中に異動により乗組員の入れ替わりも発生することから、艦の練度は一時的に大きく低下してしまいます。

4月に艦隊に復帰した際には、まずは練度回復に励むことになりますが、坂井艦長の統率と指導力によって、きっと「たかなみ」は修理前以上の練度を取り戻すことでしょう。そして、練度回復後には警戒監視等の実任務や訓練で多忙になると思いますが、夏のイベントで再び「たかなみ」に乗艦し坂井二佐にお会いできることを切に願っております。頑張れ、「たかなみ」!頑張れ、坂井艦長!

別府で交わした約束が1年半後に実現し美味しいカレーを満喫。私の2017年の推し艦は「たかなみ」です!