みなまた港フェスティバル2014


5月24日、水俣市で開催された「みなまた港フェスティバル」に2年ぶりに遠征しました。

2年ぶりの水俣港です。ここで開催される「みなまた港フェスティバル」に護衛艦と掃海艇がやって来て、一般公開と体験航海を実施すると聞いて遠征した次第です。
2年前は退役前の「さわゆき」が来航したのですが、その際は入港シーンの撮影にバッチリ成功。今回も2隻の入港シーンを撮影しようと午前7時半頃に岸壁に到着したのですが…なんだ、2隻とももういるじゃねえか!(苦笑)
聞くところによると、2隻は前日(金曜日)の夕方に入港したのだとか。見事なまでの空振りとなってしまいましたが、無駄足と思えた早朝の会場入りが、このあと私に幸運をもたらすことになります。

水俣といえばあの人の地元です。姿が見えないようですが、既にこの岸壁の何処かに潜んでいるような気がします(笑)
来航した2隻のうち、護衛艦の方は「あさゆき」(DD132)です。
「はつゆき」型DDの11番艦で1987(昭和62)年2月に就役、現在は護衛艦隊第13護衛隊に所属し、佐世保を母港としています。
近年何かと騒がしい東シナ海や対馬海峡で哨戒活動に従事することが多く、中国艦艇やロシア艦艇の同海域での不穏な動きに目を光らせています。つい10日ほど前も、ロシア海軍の艦隊が対馬海峡を通過するのを発見、監視を続けながら中央に報告をあげました。まさに最前線に立っている護衛艦と言えます。

「ゆき」型DD11番艦で、10番艦「せとゆき」から始まる後期型に属します。最終艦(12番艦)「しまゆき」は若くして練習艦に種別変更されており、護衛艦籍にある「ゆき」型としては最も新しい艦(それでも艦齢27年!)となります。
「あさゆき」と一緒に水俣港に寄港しているのが掃海艇「うくしま」です。「すがしま」型掃海艇の6番艇で2003年3月に就役、下関基地隊に所在する佐世保地方隊第43掃海隊に所属しています。
第43掃海隊には「うくしま」のほか同じ「すがしま」型の「とよしま」が所属、2隻で我が国の最重要航路である関門海峡の警備と機雷処理にあたっています。

このあと午前10時から実施される体験航海は、この「うくしま」が担当します。定員は約60人で、先着順で乗艦者が決まります。つまり“早い者勝ち”です。このご時世に先着順とは珍しい…(笑)
私は入港シーンの撮影を目論んで午前7時半には岸壁に着いていたため、難なく体験航海の定員枠に入ることができました
まさに、「早起きは三文の得」ですねぇ…。
岸壁で乗艦開始時刻まで待機です。すると、「うくしま」の乗艦用桟橋の横で“1日艇長”就任のセレモニーが始まりました。
本日、1日艇長を務めるのは地元の女子高校生です。そういえば、おととしの「さわゆき」寄港の際も、1日艦長は地元の女子高生でした。女子高生が務めるという不文律でもあるのでしょうか?

凛々しく敬礼をキメる艇長様ですが、残念ながら2点ほど間違いが…。まず敬礼ですが、この形はどう見ても「陸軍式」ですよねぇ。ちょっと脇が開き過ぎ…。もう1点は履いている靴。幹部は夏服着用の際には白色の靴を履きます。一方、曹士は夏服でも靴は冬服と同じ黒色の物を履きます。
ちなみに、1日艇長・1日艦長は人選を地方協力本部が担当し、制服・制帽は艦側が用意します。
午前9時からは「あさゆき」の一般公開が始まります。体験航海の出港時刻までまだ1時間あるので、人が少ないうちに「あさゆき」の艦内を撮影しようと「あさゆき」の桟橋の方へ。
大都市部における一般公開のように乗艦待ちの列はないのですが、桟橋の前に今か今かと乗艦を待つマニア風の男がいるではありませんか…。そう、この人こそが“水俣が地元のあの人”であり、当HPのお笑い担当のM.Hさんです。やっぱりいた!(笑)

聞けば、先着順である「うくしま」の体験航海の定員枠に入るべく、午前6時前には岸壁に来ていたとのこと。さすがと言うか、凄まじい執念です(笑) M.Hさんがすごいのは、撮影のためならどんなに遠くまでも原付で駆け付け宿泊は野宿さえ厭わないという行動力。ある意味、“マニアの鏡”であり“真のマニア”です。
「あさゆき」乗艦後、まずは艦尾方向へ進み、細くてとても急な梯子を登ってヘリ甲板へ進みます。
へり甲板に留置されているのは対潜ヘリ・SH‐60Jで、長崎県大村市に所在する第22航空隊の所属機です。
海自ファンには説明不要なほどお馴染みの機体ですが、航空機に疎い私には後継機・SH‐60Kとの見分けがつきません…。 かつて隊員さんに教わったざっくりした見分け方は、メインローターブレードの先端が大きく曲がっているのが60K少ししか曲がっていないのが60Jというもの。航空機に詳しい人が見たら、たくさん相違点があるのでしょうけど、私には分かりません…(苦笑)

DDの中でヘリ甲板が最も狭い「ゆき」型ですが、この狭い甲板にヘリを着艦させるパイロットの技量はまさに芸術と言えます。
乗艦後、M.Hさんの姿が見えなくなったのですが、SH‐60Jの前面に移動したところ、ヘリパイロットの装備品を着用して立っているではありませんか!いつの間に着用したんだぁ〜!!
ヘリの前でポーズをとるM.Hさんは、ヘリのパイロットというよりも戦車兵といった趣ですが、それもそのはず、氏はかつて陸自の機甲科隊員(つまり戦車乗り)だったのです。

M.Hさんがマニアとしてさらにすごいのは、艦艇イベントでの体験試着に積極的にトライすること。今回はヘリパイロットですが、ある時は消防服、またある時は潜水服と変幻自在。イベントで目を輝かせながら試着体験をしているマニアがいたら、その人はM.Hさんかもしれませんよ。そこの君、いい歳こいてなんて言わない!
艦橋に上がりました。おぉ、一番乗りだ〜。
古き良き時代の護衛艦の雰囲気をとどめる「ゆき」型の艦橋ですが、やはり何と言っても天井から延びる伝声管が素敵です
就役(完成)から27年も経つにも関わらず一面ピッカピカ…家でも27年も経てばあちらこちらに痛みが現れるのですが、古い艦の見事なまでのメンテナンスには感心せざるを得ません。

ちなみに27年間がどれくらい昔かというと、現在46歳の私が高校3年生で、大学受験に必死で立ち向かっていた頃です。「あさゆき」が就役した1987年2月20日は東京・御茶ノ水にある某私大受験のため上京していた日であり、「あさゆき」の就役を祝うかのように東京都心は朝から大雪に見舞われました。「あさゆき」の自衛艦旗授与式が行われた浦賀にも雪は降ったのでしょうか?
私は艦橋に上がると必ず艦長席を撮影するようにしています。艦の最高責任者であり、私たちマニアの憧れである艦長が座るイスには撮影したくなる不思議な引力を感じます。あの赤青二色のカバーが掛かったイスに心が躍るという人も多いでしょう。

艦長席に近づくと座っている人が…またしてもM.Hさんです(笑) 氏は双眼鏡を覗きながら「右舷に敵艦発見!」とか「対潜戦闘用意!」などといたくご満悦の様子でした。
何気に双眼鏡のストラップの向きを間違えずに(赤が右になるように)きちんと着用しているところがすごいです。
M.Hさんはこの姿を案内役の隊員さんに自分のデジカメに撮影させたのですが、撮った画を確認している隊員さんが思わず笑ってしまっている様子にご注目!(笑)
私は「あさゆき」の艦橋に上がるのは初めてなのですが、「ゆき」型DDの艦橋はこれまでに20回近く見学しました。見慣れた艦橋ではありますが、「ゆき」型は同型艦が12隻と多く(うち6隻は既に退役)、就役から年月も経っていることから、艦ごとに様々な箇所に細かな違いが表れていて、それを観察するのが「ゆき」型見学の大きな楽しみでもあります。

例えば、昨年8月に乗艦した「はるゆき」(7番艦)と比べると、天井の色が「あさゆき」が白なのに対して「はるゆき」は黒。床の色は「あさゆき」が青で「はるゆき」はベージュ、この2点の違いで両艦の艦橋は雰囲気が大きく異なります。さらに、設置されている航海用機器にも細かな違いがあります。皆さんも、ぜひ当HPのギャラリーで姉妹艦の艦橋と比べてみてください。
艦橋後方に設置されているメインの航海用機器です。手前から対水上レーダー操舵装置速力指示器です。操舵装置と速力指示器は最新鋭艦のものと比べると非常にシンプルで、クラシカルな雰囲気をも醸し出してします。私は最近、新鋭艦の艦橋よりも、このクラシカルな雰囲気の艦橋の方が心が落ち着きます。歳をとったせいでしょうか…?

見学者は私とM.Hさんのみなので、手持ちぶさたの案内役の隊員さんたちが揃って外を眺めている様子が笑えます(笑) ここ数年、異常なまでに見学者が殺到することを考えると、非常に稀有な光景と言えます。最近ファンになった方は信じられないでしょうけど、約20年前までは艦艇公開をしても終日こんな感じだったんですよ。時代は変わりましたねぇ。
艦橋ウイングから外を眺めていたら、変わった形をした船が出港していきました。この船は国土交通省の環境整備船「海輝」(99t)です。九州地方整備局熊本港湾空港整備事務所の所属で、八代港を拠点に有明海や八代海の浮遊物の除去にあたっています。この船も港フェスティバルのために来航している船で、体験航海と浮遊物除去のデモを行いました。私も「うくしま」の体験航海の後に乗船したのですが、なんとも不思議な船でした。

「みなまた港フェスティバル」は、様々なタイプの船が集まって、一般公開や体験航海を実施する船好き垂涎のイベントで、この「海輝」のほか、海保の巡視艇「あそぎり」民間の潜水船(潜るのではなく船底に窓があり水中を観察できる)も参加しています。
ぜひ一度お越しになってください!
艦橋から降りて前部上甲板へ。抜けるような快晴の空と見学者が誰もいない甲板が素敵です(笑)
「あさゆき」の名誉のために言っておきますが、見学者がいないのは「あさゆき」が不人気なのではなく、私が乗艦している時間帯が早いために、「あさゆき」はおろか会場である水俣港自体に人が少ないためです。このあと時間の経過とともに見学者が次々とやって来て、この場所も主砲を見学する人で賑わっていました。

「あさゆき」は「ゆき」型の後期型に属するので、艦橋露天部の風よけが広いタイプのものとなっています。個人的にはこのタイプの「ゆき」型の方が精悍さを感じます。
主砲の砲塔に太陽光が反射しているのにご注目。艦内だけでなはく艦外の装備品も整備に手抜かりはありません。お見事!
午前10時になりました。「うくしま」による体験航海が始まります。
まずは1日艇長が乗艦。舷門では3人の乗組員が敬礼で迎えます。一番右にいる幹部は本物の「うくしま」艇長です。1日艇長さん、さぞかし気分がいいことでしょう。

我々民間人が艦に乗る際も乗組員が敬礼で迎えてくれますが、いくら気分が高揚しているからといって民間人が挙手の敬礼を返すのは厳禁です。先日、地元で行われた一般公開で雑誌社の記者が挙手の敬礼をしながら乗艦したのには開いた口が塞がりませんでした。こんな記者に取材する資格はありません
逆に出迎えを無視するのも良くありません。必ず一礼して、「お邪魔します」「よろしくお願いします」などと挨拶を。そして、下艦時には「ありがとうございました」と感謝の気持ちを伝えましょう
出迎えの乗組員にきちんと一礼、そして、「お世話になります」と挨拶をして「うくしま」に乗艦しました。
真後ろには「あさゆき」がいます。おぉ、これは出港時にとてもいいアングルから「あさゆき」が撮れそうだ
「うくしま」の自衛艦旗横にいる黒装束の2人はダイバーです。掃海艇だからダイバーがいるのではなく、この2人は海に転落した見学者を救助するために配置されたダイバーなのです。

午前10時を過ぎて会場である水俣港岸壁にもだいぶ人が増えてきました。昨今の艦艇イベントの人出に比べるとかなり少ないのですが、昨今の殺人的な人出が異常なのであって、極端な言い方かもしれませんが、艦艇イベントとは本来こういうものです。この光景に思わず懐かしさすら感じてしまいました。
「うくしま」は体験航海に出港、水俣沖の八代海をめぐる約1時間のクルージングです。とはいえ、私の乗艦の目的は「あさゆき」を海側から撮影すること。出港のため「うくしま」が岸壁を離れた直後、最高のシャッターチャンスが訪れました。いただきぃ!
距離が近いこともあり、このアングルからの「あさゆき」はシャープな艦首が強調されて旧式艦とは思えぬ精悍さと力強さを感じます。企画・設計から35年が経過する「ゆき」型DDですが、こうして見るとその機能美は年月を経てもなお衰えていないと思えます。

今回、なぜ「あさゆき」は体験航海を実施しないのでしょうか?「あさゆき」が体験航海を実施すると曳船の支援が必要となり、費用がかかるからでしょうか?聞くところによると、民間の曳船を使うと1回の作業につき約60万円かかるということです。
「うくしま」は一路八代海へ。このあと約50分間はシャッターチャンスはめぐってきません(笑)
艦橋では航海長がコンパスの前に立ち、艇を動かしていきます。「うくしま」が属する「すがしま」型は前タイプよりも船体が大型化し、それに伴って艦橋のスペースも拡大されたため、この画像だけをみるとまるで大型護衛艦の艦橋のようです。

ひっきりなしに見張り員から近くを航行する船舶の情報が報告され、航海長も頻繁に双眼鏡を覗いてそれらを確認します。艦艇が航行する際には、このように周囲の船舶に細心の注意を払いながら航路を進むのです。新聞・テレビは事故が発生した際には軽々しく「艦側の見張り不足」とか言いますが、この現実をきちんと知ったうえで発言して欲しいものです
艦橋後方には航海長の指示で艦を制御する海曹たちが並びます。手前から機関科員(応急担当)、機関科員(機関操作担当)、航海科員(操舵担当)、航海科員(対水上レーダー担当)です。皆さん真剣な表情で職務にあたる姿はまさに“海の男”といった雰囲気。とてもカッコいいです。

「すがしま」型の機関室は通常はディーゼルエンジンですが、掃海時の低速航行用に電気推進も備えています。省力化のために機関室に機関科員は常駐せず、すべて艦橋からの遠隔操作となっています。従って護衛艦で見られる操縦室が存在しません。
操縦室がないので、護衛艦等では操縦室にある火災・浸水箇所を示す表示器が艦橋にある(画像左上)のに留意されたし。
艦橋の艇長席に座る1日艇長さんです。「艇長さん!」という私の呼びかけにニッコリと微笑んでくれました。
なんて爽やかで清々しいお姿でしょう!10枚上↑のM.Hさんの画像と比べると、その差は歴然としています(笑)

1日艇長さんが被っている制帽ですが、一見幹部用に見えますが実は幹部用の物ではありません。よく見ると帽章の葉の形と数が異なります。ではこの制帽は何用かというと、江田島で学ぶ幹部候補生用です。女性幹部用よりも圧倒的に出回っている数が少ないレアな制帽ですが、「うくしま」はいったい何処でこの制帽を入手したのでしょうか?気になります…。
1日艇長さんの少し大人びた表情もあって、何だか江田島の候補生が実習で乗艦しているような雰囲気ですねぇ。
航行中、外では撮る物がないので艇内を探検。艦橋より2段下の甲板に士官室があります。護衛艦と比べると非常に狭いコンパクトな士官室ですが、艇自体に幹部が5〜6人しかいないのですから、これで必要十分なスペースといえます。
この時、「うくしま」には第43掃海隊司令が座乗していたので、司令と隊の幕僚である隊付もこの部屋を使用します。

掃海艇の部屋らしく随所に木材が使用されています。この木材が護衛艦の士官室にはない暖かな雰囲気を醸し出しています。士官室だけではなく艇長室や幹部私室・曹士の居住区にも木材がふんだんに使われていて、どの部屋も艦艇の内部であることを忘れてしまうほどの素敵な部屋となっています。木材が多用されているのは機雷が反応する磁気を発生させないためです。
士官室のすぐそばに乗組員のオアシス・科員食堂があります。
幹部・CPOを除く「うくしま」乗組員約30人が、食事や休憩で使用します。15〜16人程度が座れるようになっていて、食堂に隣接して調理室があります。時刻は午前10時半近くなので、調理室ではそろそろ昼食の準備が始まるのではないでしょうか?
手前に置かれた炊飯器と飲料水のサーバーが、まさに食堂といった雰囲気を醸し出していて素敵です。この食堂にも随所に木材が使われているせいか、ほのぼのとした緩い空気が漂っています。いやぁ、掃海艇っていいなぁ〜♪

この甲板には乗組員の生活用の施設が集まっていて、士官室・科員食堂のほかに幹部私室先任海曹室、さらには洗面所兼洗濯場トイレなどがあります。
約1時間の八代海クルージングを終えて、「うくしま」は水俣港へ。待ちに待ったシャッターチャンスが再び巡ってきました。海上から「あさゆき」を撮影しまくりです。連写!連写!
既に何度も言ってきたことですが、「ゆき」型DDの段々畑のような後部の意匠にはマニア心をくすぐられます。ただ、好き好んでこのようになった訳ではなく、僅か3000tの船体に重武装を詰め込んだ結果、段々畑のような意匠にならざるを得なかったのです。いわば“設計者の苦労の痕”なのです。

こうして後方から見ると、小さな船体に色々詰め込んでトップヘビーになっている印象を受けますが、同じ「ゆき」の名前を頂く旧帝国海軍の「吹雪」型駆逐艦に通じるものを感じます。誰です!一番最初に手に入る艦娘とか言ってるのは!
「あさゆき」の艦橋露天部では、第13護衛隊司令の池田一佐艦長の小形二佐らが帽子を振って帰港した「うくしま」を迎えてくれました。赤い双眼鏡ストラップの方が池田一佐、右側の緑のストラップの方は13護隊の隊付、池田一佐の左後ろにいる方が小形艦長です。司令・艦長直々のお出迎え、恐れ入ります…
海自には13人の護衛隊司令がいますが、なかでも池田一佐は「せとぎり」やイージス艦「きりしま」、補給艦「おうみ」の艦長を務めた経験を持つ艦艇のスペシャリスト、まさに“海の男”です。

ウイング部にかなりの数の見学者がいます。私が乗艦した際はまったくいなかった見学者も、時間がお昼に近づくに連れて徐々に増えてきたようです。ただ近年の都市部のような殺人的な人数ではありません。毎回この程度の人出だったらいいのに…
「うくしま」の艦上にも赤いストラップを下げた幹部がいます。この方は第43掃海隊司令の野口二佐です。
「赤ストラップ」は一佐のシンボルではありますが、艇長との区別をつけるために掃海隊司令は二佐ではありますが、赤ストラップを使用します。言い換えれば、この場合の「赤ストラップ」は、階級ではなく司令という役職を象徴しています

仮に、野口二佐が43掃海隊から掃海母艦や護衛艦の艦長に異動した場合、ストラップは二佐艦長用の「赤青」を使用します。さらに一佐に昇進して艦長職や司令職に就いた場合は、再び「赤」を使うことになります。このように二佐の司令職(掃海隊司令・ミサイル艇隊司令)に就いた幹部は、その後の異動や昇任次第で「赤」と「赤青」のストラップを行ったり来たりすることになります。
体験航海を終え、「うくしま」を下艦しました。久しぶりに掃海艇に乗っての体験航海、小さなフネもなかなかいいものです。
マニアにとってはやや地味に思えてしまう掃海艇ですが、この掃海部隊こそ旧帝国海軍直系の部隊であり、敗戦した我が国の復興のため、終戦直後から日本近海や重要海峡における機雷の処分に努め、その闘いはいまなお続いています。「うくしま」もこの一週間前に、関門海峡で発見された太平洋戦争時の機雷を爆破処分したばかりです。

艦上で野口司令はこう話してくれました。「機雷処分は常に命がけの作業であり、少しのミスも許されない。その意味では掃海部隊に平時はありません。常に有事であることを念頭に任務にあたっています」。頑張れ!掃海部隊!!
「うくしま」を降りたあと岸壁で撮影していると、時刻は正午を過ぎていました。ここでM.Hさんと一緒に昼食です。
「みなまた港フェスティバル」は、単に色んな船が勢揃いするだけではなく、ステージイベントが催されたり、たくさんの露天が出展したりと、実は水俣港とその周辺で大規模に開催されています。

昼食におにぎりと焼きそばを買いました。炭水化物のオンパレードです(笑) そして、お茶は迷彩柄に戦車や護衛艦・戦闘機があしらわれたラベルデザインの、その名も「整列休め」という製品。宮崎県にある飲料メーカーが作っているお茶で、物珍しさから買ったのですが…ごく普通のお茶でした…(笑)
久しぶりの体験航海、そして相変わらずお笑い満載のM.Hさん…とても楽しい遠征でした♪

色褪せぬ魅力を持つ「あさゆき」と常在戦場の「うくしま」、五月晴れの空の下で楽しいひとときでした。