舞鶴地方隊展示訓練2014 〜「しらね」乗艦編


7月25・26日に実施された舞鶴地方隊展示訓練の模様を2回に渡ってレポートします。
1回目は、いよいよ来年3月に退役が迫ったDDH「しらね」に乗った25日の模様です。

舞鶴市の上空には朝から抜けるような快晴が広がっています。私が今いるのは舞鶴市でもいつもの東舞鶴駅ではなく、一駅綾部寄りの西舞鶴駅前にいます。私の舞鶴地方隊展示訓練の初日は舞鶴西港が乗艦場所で、ここから舞鶴地方隊が運行するシャトルバスで舞鶴西港へ行くのです。

同じ舞鶴市内でも東舞鶴と西舞鶴は全く雰囲気が異なります。東舞鶴が帝国海軍舞鶴鎮守府と共に歩んできた軍港の街であるのに対し、西舞鶴は丹後田辺藩3万5000石の城下町で、商業を中心に発展した街です。元々は別々の自治体だったのですが、1943(昭和18)年に合併して舞鶴市となりました
城下町だったことを物語るように西舞鶴駅前には櫓がそびえ立ち、また駅から歩いて10分程度の場所に田辺城址があります。
舞鶴西港で私を待っていたのはDDH「しらね」です。
舞鶴に司令部を置く第3護衛隊群の実質的な旗艦であり、横須賀在籍時には海自の広告塔的な存在として数多くのVIPの視察やメディア取材、広報行事をこなしてきたほか、栄誉ある観艦式の観閲艦を10回も務めました。まさに海自の顔!

主砲を2基背負い式に配置した艦容によって絶大なる人気を誇っており、当HPでお馴染みの海自隊員・もびうすさんも、この艦容に魅了されて「しらね」勤務を熱望したほどです。
そんな「しらね」ですが、今年で艦齢34年を迎えており、来年3月のDDH「いずも」就役に伴って退役する予定です。今回の展示訓練は、この「しらね」の雄姿を写真に収めることが最大のミッションと言っても過言ではありません。
舞鶴西港に到着して「しらね」を撮影している間にも、乗艦を待ちきれない人たちが長蛇の列を作っていました。今回はHP「SAS」を主宰するKさんと一緒に乗艦するのですが、Kさんと岸壁で合流した時には既に100m以上の列が形成されており、私もKさんも思わず「マジかよ〜!」と悲鳴をあげたほどです。

まったく、昨今の異常とも言える海自人気は何なのでしょうね。艦を公開しても見学者より案内役の隊員さんの数の方が多い時代を知っている身としては、異常なほどの海自人気にただ戸惑いを覚えるばかりです。どうしてこうなった!?
ちなみに、私は今回の展示訓練に職場の同僚や後輩に依頼して30枚の応募ハガキを送付しましたが、当たったのは「まつゆき」用1名様乗艦券(7月26日分)1枚のみでした…(涙)
乗艦開始時間となったものの、あまりに列が長いために「しらね」に乗るまでに20分以上要しました。早くも体力を消耗…。
撮影ポジションはヘリ甲板の左舷後部に陣取るつもりだったのですが、出港作業のためにヘリ甲板は立ち入り禁止、作業終了までヘリ格納庫の近くで待機します。

午前9時ちょうどに出港作業が始まりました。舫をさばく海士くんたちを眺めていたらテキパキと作業をこなす長身の隊員が目に入りました。おぉ、もびうすさんではありませんか!
もびうすさんの仕事ぶりを見るのは初めてなのですが、日焼けした腕で舫を引き寄せる様は、まさに“一人前の水兵さん”です。そんなもびうすさんの姿に嬉しさと頼もしさを感じました。
若い海士が躍動する姿は、見ていてとても気持ちいいですね!
「しらね」は舞鶴西港を出港、しばらくは風光明媚な舞鶴湾内を航行します。←の画像は東港(=舞鶴基地)からの艦艇との合流地点付近で、少し見にくいですが、前方には東港から出港して合流したDD「まつゆき」が航行しています。

舞鶴の展示訓練に参加した経験のある人なら分かると思いますが、夏の舞鶴湾は本当に美しい!空と海が美しいのはもちろん、海のすぐそばまで迫った山とその海岸線が絵葉書のような風景を紡ぎ出しています。癒されるというか、心が洗われる風景です。
舞鶴湾ですが、この先の若狭湾に出る手前の海域が非常に狭くなっていて、艦艇は非常に神経を使いながらの航行を余儀なくされます。「しらね」の代艦である新DDH「いずも」が舞鶴でなく横須賀配備になるのも、この点が要因のひとつとなっています。
後方では、「まつゆき」の後に舞鶴基地を出港した「みょうこう」が合流、我が「しらね」に後続します。今年はこの「みょうこう」が観閲艦で、舞鶴地方総監の井上海将が座乗しています。
毎年の事ではありますが、東舞鶴方面から合流してくる艦にカメラを向けるとモロに逆光になってしまうのが残念…。

「みょうこう」ですが、こうして見ると艦橋構造物の巨大さがよく分かりますねぇ。帝国海軍の高雄型重巡も巨大な艦橋構造物を有していましたが、双方とも司令部施設を艦橋構造物に盛り込んだために巨大化したという共通点があります。
高雄型の艦橋は被弾面積が増えるという理由から改装時に縮小されましたが、戦後のイージス艦で同じ設計思想が採用されたことを考えると、時代を先取りし過ぎたデザインだったと言えます。
しばらくは何も撮る物がないので「しらね」の艦内を探検します。まずはヘリ甲板直下にある科員食堂です。

予想通り、暑さを嫌って避難してきた人でごった返しています。この光景を見ていつも思うのですが、出港してからずっと科員食堂に籠っている人には大いなる疑問を感じます。確かに甲板上は灼熱地獄ですが、夏の陽射しを浴びて汗をかきながら潮の香りを感じたり、景色を楽しんだり、水平線上に現れる艦艇に心を躍らせることが展示訓練の醍醐味だと思うのですが…。
手前にいるおじさんなんて仕出し弁当を食べています。いったいここに何をしに来たのでしょうか…
あと、出港からずっと居すわられると、他の人が座って休憩することが不可能です。個人的には時間制限制にすべきと思います。
科員食堂の一角でグッズ販売を行っています。帽子にエコバック・Tシャツ・バッジなどなど充実した品揃えです。
恐らく退役前にグッズを入手できる最後の機会になるであろうことから、大勢の人たちがグッズを買い求めていました。中には、それまで被っていた帽子をしまって購入した「しらね」の部隊帽に被り替えたり、さっそく購入したTシャツに着替えたりする人もいました。まぁ、皆さん熱狂的なこと…(笑)

ちなみに私は画像にも写っているエコバッククリアファイル手拭いを購入しました。事前にもびうすさんから「食堂で売っている部隊帽は販売用のレプリカで正式な部隊帽ではない」との情報が寄せられていたので購入しませんでした。購入したエコバックは、その後通勤用のカバン代わりになっています
科員食堂を出て通路を艦首方向に少し行くと機関操縦室があります。「しらね」が企画・設計されたのは40年以上前で、当時はまだ機械化・省力化が進んでいない時代だったため、機関の制御盤には1軸づつ2人の隊員(計4人)が張り付いています。制御盤のメーター類もアナログメーターのみで、液晶パネルが並ぶ新鋭艦の制御盤と比べると隔世の感があります。
右手には応急制御監視盤電力・空調監視盤があり、手前にいる右を向いている隊員さんはそれらを監視しています。

「しらね」は海水を沸騰させてその蒸気でタービンを回して推進力を得る蒸気タービン艦ですが、今や海自の蒸気タービン艦はこの「しらね」と「くらま」の2艦のみです。来年3月には「くらま」のみとなり、さらにそれから2年後には“絶滅”する運命にあります。
さらに艦首方向に行くと士官室があります。ドアは開いているもののカーテンが架けられていて中を覗くことはできません。
海自艦では士官室のドアは締め切ることはせず、内側のカーテンをドア代わりにしています(特に行動中)。これは開閉時間を省いて素早く入退室するためと、室内から艦内の音を聞こえるようにして、異常発生等の状況変化に素早く対応するためです。

入口横の表札を見ると、「しらね」には艦長・甲斐一佐以下22人の幹部が勤務しているようです。また、展示訓練中の急患発生に対処するために医官(三佐)が臨時に乗り組んでいます。
「しらね」副長は二佐で、飛行長が兼務しているようです。飛行長はヘリパイロットですが、古参の二佐が配置されるために多くのヘリ搭載護衛艦で副長を務めています。
艦内見学を終えて再び上甲板に上がります。主砲の周囲は、特徴的な背負い式2門の主砲を写真に収めようとする大勢のマニアで賑わっています。まるで通勤ラッシュなみの混雑ぶりです。
←は前から2番目に配置されている主砲、通称52番砲です。実はこの52番砲こそがもびうすさんの配置であり、彼はこの52番砲内で砲弾を装填する射撃員を務めています。

主砲が52門もある訳ではないのになぜ52番砲と呼ぶかというと、5インチ砲2番砲という意味です。したがって、艦首側に配置されているもうひとつの砲は51番砲と呼ばれます。5インチ砲を装備している艦は、「しらね」型と「はたかぜ」型の計4隻のみとなっており、早晩、この呼称もなくなってしまう運命にあります。時代の移り変わりとはいえ、昔からのマニアにとっては寂しさを感じます。
51番砲の側面には今年が現役ラストイヤーであることを記念したマーキングが施されています。
「IN GOD WE TRUST. ALL OTHERS WE TRACK」
直訳すれば『我々は神を信頼する。他の者はすべて追跡する』という意味ですが、つまりは『神以外の者はすべて撃破する』という、日本語で言うところの「百発百中」のような射撃への意気込みを記した言葉です。米海軍でも使われている慣用句です。
この句どおり、「しらね」には有終の美を飾って欲しいものです。

戦後70年近くが経ち、米海軍とのお付き合いが長くなるに伴って海自艦にもアメリカナイズされた習慣が多々現れており、この現役最終年を記念したマーキングもそのひとつです。近年ではDDG「あさかぜ」(2008年退役)で同様のマーキングが見られました。
「しらね」見学を終えて確保している撮影場所に戻りました。
相変わらず美しい空と海が広がっています。現在時刻は10時20分、これから観閲・展示が始まる直前の艦隊合流まで、甲板上でひたすら灼熱地獄を耐えるガマン大会状態に突入します。

後続していた「みょうこう」ですが、観閲艦として「しらね」を含む受閲部隊と反航するために別の進路をとっており、後方にその姿はありません。昨年も言いましたが、後続する艦がないということは何も撮る物がないということです。暑さと退屈さとの闘いが始まります。ある意味、舞鶴展示訓練の風物詩と言えます(苦笑)
私のいる場所のすぐ近くに警戒役の隊員さん(海曹)が立っているのですが、灼熱の炎天下にも関わらずシャキッとした姿勢で乗艦者を見守っています。海の男の精神力たるやお見事です
私も艦艇マニアの精神力をふりしぼって暑さに耐えます。暑いからといって決して艦内には逃げ込みません。逃げ込んだところで科員食堂には座る席すらありませんから…

暑さで意識が朦朧としながらも、私の目は水平線上に現れた米粒のような艦影を見逃すことはありませんでした。「しらね」や「まつゆき」よりも先に出港していた第2部隊です。
観閲が始まる直前の午前11時55分、5隻の艦影は「まつゆき」と「しらね」に合流すべく見事なまでに一直線の隊列を組んで近づいてきます。先頭は補給艦「ましゅう」、その後を多用途支援艦「ひうち」ミサイル艇「はやぶさ」「うみたか」、海保の巡視艇「ほたか」が続きます。大海原に米粒のような艦影が現れ、次第にそれが大きくなる時のワクワク感は食堂にいては味わえません
第2部隊が至近距離にまで近づいた時、前を航行していた「まつゆき」が右に変針、続いて「しらね」も「まつゆき」の後を追って変針、いよいよ艦隊が合流して観閲用の隊列を形成します。
「まつゆき」のヘリ甲板には溢れんばかりの乗艦者がいます。ヘリ甲板の左舷最後方からは、この「しらね」や合流して来る「ましゅう」をはじめとする第2部隊がキレイに撮れそうです。よし、明日はあの場所を確保するぞ!

こうして見ると、「ゆき」型DDの複雑な船体のラインが良く分かります。また、船体に比して上部構造物が大きいことが分かります。旧海軍の特型駆逐艦に見られる小型の船体に重武装を乗せた艦のシルエットですが、特型同様に「ゆき」型DDもトップヘビー気味となり、次代の「きり」型では構造物が低く抑えられました。
「しらね」の変針終了後、「ましゅう」以下の第2部隊が合流します。
「ましゅう」「ひうち」「はやぶさ」「うみたか」「ほたか」の5隻が、我が「しらね」に後続すべく一斉に左に変針します。

毎年言っていますが、これって本当に凄いことなんですよ!
排水量が1万3000tを超える巨大な補給艦
排水量980tの支援艦排水量200t足らずのミサイル艇が同じ速度で航行しながら同時に進行方向を変えるのは、地上で例えると、ダンプカーと軽自動車と自転車と三輪車が同じ速度で走りながら同時に向きを変えるのと同じくらい困難な事です。まさに神業です。
世界広しといえども、こんな神業ができる海軍は我が海上自衛隊くらいなものです。ここ数年やたらと我が国を挑発する“中華な某国”の海軍には、逆立ちしても真似はできないでしょう。
変針が終了し、各艦はそれぞれ隊列を整えます。
正面から見た「ましゅう」の巨大なことと言ったらもう…(驚)
いくら前方にいるからとはいえ、後ろの「ひうち」や「はやぶさ」との大きさの違いが凄すぎます。よくこの顔ぶれで一斉変針とかして事故が起きないものです。各艦艇の技量の高さに脱帽です。

「ましゅう」は基準排水量1万3500tで「ひゅうが」型DDHを下回っていますが、満載排水量は2万5000tで「ひゅうが」型DDHの1万9000tを大きく上回っています。なので、間近で見ると「いせ」「ひゅうが」よりも遥かに大きく感じます
乾舷に高さがあるだけでなく、艦橋構造物も背が高いので艦橋はちょっとしたビルの上層階に匹敵する高さです。私も「ましゅう」の艦橋に上がったことがあるのですが、その高さに驚きました。
「ましゅう」以下5隻の合流が完了するのと時を同じくして、「しらね」の左舷側に乗組員が等間隔で整列、見事なまでの登舷礼が出来上がりました。舞鶴地方総監に艦として敬意を表するのです。
登舷礼に参加するのは主に若い海士ですが、海士は数が少なく、また艦の航行に欠くことができない配置に就いている者もいることから、一部海曹も混じっています。

夏の美しい空と海と白い制服の水兵(海士)さん…まさに絵に描いたような“海軍的な光景”ではありませんか♪
画像を見てお気付きと思いますが、海自では気を付け"の際には指先を真っ直ぐに伸ばすのではなく、軽く卵を握るようにグーを作ります。これは海自だけではなく、三自衛隊共通の作法です。指先を伸ばすよりもこちらの方が精悍に見えますね。
午後12時20分、例年より20分遅れで展示訓練の第一幕・舞鶴地方総監による観閲が始まりました。昨年同様、今年も露払い役の先導艦はなく、いきなり観閲艦である「みょうこう」が登場します。

パア〜♪パア〜♪ハッパカパッパッパ〜♪
「しらね」から高らかに敬礼ラッパが吹奏され、舞鶴地方総監に対し登舷礼によって艦として最大限の敬意を表します。少し間を置いて「みょうこう」から答礼ラッパが吹奏され、「しらね」からの敬礼に対して答礼を行います。その後、双方が「かかれ」のラッパを吹奏して、舞鶴地方総監による「しらね」への観閲は終了しました。帝国海軍時代から脈々と続く“美しき海軍の礼式”です。
画像を見てお分かりと思いますが、「みょうこう」は観閲艦なので、登舷礼は行われていません代わりに溢れんばかりの人が…。
観閲艦のお供=随伴艦はDD「はまぎり」が務めています。
「きり」型DDの5番艦で、舞鶴ではなく大湊を母港とする艦です。長らく大湊を拠点として護衛艦隊の中核を担ってきましたが、新型艦の就役に伴って、現在は護衛艦隊の地域配備部隊である第15護衛隊に所属しています。マストに司令旗が揚がっているので、第15護衛隊司令が座乗しているようです。

第15護衛隊は、この「はまぎり」のほか、DE「おおよど」「ちくま」の計3隻で編成されています。15護隊の主要な任務は北方海域の哨戒で、警備区域内には津軽海峡宗谷海峡根室海峡という防衛上重要な海峡があり、凍てつく寒さと艦体に付着する氷雪と闘いながらこれらの海峡を監視しています。北の海を守る隊員たちには、厳しい自然との共存が宿命なのです。
「はまぎり」は私の目の前を通り過ぎて行きます。
通過した「はまぎり」をすぐ近くで登舷礼に参加している海士くんと絡めて撮影しました。青い海と空、水兵帽を被った乗組員、そしてゆっくりと航行する護衛艦…夏の雰囲気満載のいい写真になりました。個人的にはこの夏のベストショットと言えるほど気に入っている一枚です。眼鏡をかけた真面目そうな海士くんもGood!

あまりに特徴的過ぎて酷評すらされてしまう「きり」型DDの艦容ですが、左舷後方(つまりこの角度)から見た場合は、あの垂直にそそり立つ巨大な格納庫はあまり目立たず(右舷と左舷では格納庫の形状が異なるため)、とても精悍で素敵なスタイルではありませんか♪ 隠れ「きり」型ファンとしては、力を込めて訴えさせていただきます。「きり」型は左舷後方が素敵ですぞ!
観閲部隊は「みょうこう」「はまぎり」の2隻で終了、去年に続いて今年も観閲部隊は2隻でした。
受閲部隊の先頭を航行している「まつゆき」が左に回頭、「はまぎり」の後に続きます。「ゆき」型DD(「まつゆき」)と、その改良型である「きり」型DD(「はまぎり」)の後方から見た艦容の違いが良く分かって興味深いシーンとなりました。とりわけ、マストの本数格納庫のサイズの違いが一目瞭然です。

「まつゆき」はこのあと「はまぎり」の真後ろに占位しますが、その際に操艦中の航海長が目印にするのがマストです。ジャイロコンパスの中心と艦首、「はまぎり」のマストが一直線になるように艦を持っていくのですが、「きり」型はマストが2本あり、しかも一方が左にずれているため、真後ろに付けるのが難しいということです。
「まつゆき」に続いて我が「しらね」も左回頭します。
その時、目に飛び込んで来たのが「ましゅう」「ひうち」「はやぶさ」「うみたか」、それに海保の「ほたか」が一直線になって航行している光景。「ましゅう」と他の4隻、大きさが違い過ぎるやろ!
速力調整や間隔調整が容易にできない海上で、これだけ大きが異なる艦同士が等間隔で隊列を組むなんてまさに神業です。

「ましゅう」の甲板上でも美しい登舷礼が行われています。私が乗る「しらね」とは違って、甲板上に乗艦者の姿は見えません。乗艦者なしで参加しているのかと思いきや、よく見ると艦橋ウイング部に僅かに乗艦者がいます。どういった方々が乗っているのでしょうか?続く「ひうち」には乗艦者がおらず、このあと40ノットの高速航行を披露するミサイル艇にも乗艦者はいません。当然ですが…。
舞鶴地方総監による観閲が終了、引き続き展示に移行します。
展示のオープニングは航空機による飛行展示です。舞鶴航空基地に所在する第23航空隊所属の対潜ヘリSH-60K3機の展示に続いて、哨戒機P-3Cが飛来してきました。この機体は厚木基地に所在する第4航空群第3航空隊の所属機です。翼の下が光っているのでIRフレアを発射するのかと期待したのですが…結局そのまま飛び去って行きました(笑)

最初は奇異に感じた低視認性の機体塗装ですが、実施から8年が経過してすっかりお馴染みになり、全く違和感がなくなりました。ただ残念なのは、垂直尾翼に描かれていた部隊マークが消えてしまったこと。各隊に由来する事象を図案化したマークはとても素敵で、個人的には第5航空隊の青いペガサスが好みでした。
続いての展示は、SH-60Kから舞鶴水中処分隊の水中処分員(EOD)がロープを伝って海面に降下します。処分員は機雷や不発弾発見場所に、このようにヘリから降下する場合があります。
ヘリから降下する処分員が高い技量を求められるのは当然ですが、処分員を降下させるヘリのパイロットも、風や潮流の影響を受ける条件下でヘリを的確な位置にホバーリングさせて処分員の負担を減らすという、それ相応の高い技量が求められます

前々回(2011年)の展示訓練では、この水中処分員降下の隣でSH-60Kがディッピング・ソナーによる潜水艦探査のデモを行っていました。当HPにおける前々回のレポートを読むと、展示内容が前回(2013年)や今回よりも遥かに充実しています。年々簡素化される展示訓練に残念さと危機感を覚えます
航行する艦隊の右前方に潜水艦が浮上、各艦がその潜水艦を追い抜いて行きます。この潜水艦、「おやしお」型潜水艦なのですが、具体的な艦名は分かりません。パンフレットにも乗っていませんし、艦内放送でも「浮上したのは『おやしお』型潜水艦で〜す♪」としか説明されませんでした。

昨年参加したのは「そうりゅう」型潜水艦で、やはり艦名はアナウンスされませんでしたが、北吸岸壁に停泊中の姿から「けんりゅう」であることが判明しました。今年は岸壁で停泊中の姿を見ることができなかったので、最後まで艦名は分からずじまいでした。大陸の“中華な国”との関係がかつてなく険悪になっているとはいえ、別に戦時下という訳ではないのですから、潜水艦の艦名を隠すのはやや過剰反応ではないかと私は感じます
潜水艦を追い抜きながら艦隊は再び左に大きく転舵、舞鶴への帰路を辿りながら展示が続きます。
「みょうこう」「はまぎり」「まつゆき」が我が「しらね」の前方を航行しています。マストに設置されている速力信号標を見ると、艦隊は12ノット(原速)で航行していることが分かります。

速力信号標は帝国海軍時代から脈々と続く速力伝達の仕組みですが、世界中の海軍でこの方法で速力を伝えているのは海自のみという伝統的かつユニークな仕組みです。
ちなみに、表示される速力はその時点のリアルタイムな速力ではなく、艦が「今からはこの速度で行くぞ!」という設定速力です。したがって、その速力を実現するために加速・減速している最中は、艦はまだ表示どおりの速力にはなっていません。
しばらくして、後方から何者かが光を放ちながら高速で接近してきます。そう、舞鶴地方隊展示訓練の名物かつクライマックスであるミサイル艇の高速航行展示です。来たー!!
最初に接近してきたのは「うみたか」。マストに第2ミサイル艇隊司令座乗の司令旗をなびかせながら、あっという間に駆け抜けて行きました。まさに「速きこと『島風』の如し」です

「はやぶさ」型ミサイル艇の最高速力は44ノット、帝国海軍最速を誇った駆逐艦「島風」の最高速力は約41ノットでした。「はやぶさ」型はウォータージェット推進ですが、従来のスクリュー推進でミサイル艇に負けず劣らずの41ノットを記録した「島風」の凄さ・技術力の高さに改めて感服してしまいます。“娘”としてゲーム界に転生した「島風」が超高飛車なのも納得がいきます(笑)
続いて接近してきたのは、「はやぶさ」型ミサイル艇のネームシップ「はやぶさ」です。この艇には司令が座乗していないので、マストには最上位者が艇長であることを示す長旗(通称ふんどし)がたなびいています。ネズミ色の武骨なミサイル艇に白く細長い長旗が強風でたなびく姿は、なかなかの風流を感じさせます

能登半島沖不審船事件を受けて設計が一部変更され、2002年に就役した1番艇「はやぶさ」ですが、40ノットもの高速で航行することから護衛艦と比べると痛みが激しく、あと7年程度で耐用年数を超えてしまうということです。ということは、「はやぶさ」型は2022年度末から順次退役が始まることになります。魚雷艇の進化型として登場した「はやぶさ」型ですが、後継がどのような艇になるのか、そもそも後継艇が計画されるのか、非常に気になります。
2隻のミサイル艇は「しらね」「まつゆき」「はまぎり」「みょうこう」を高速で追い抜いて行きましたが、反転して反航し、さらに再び反転して艦隊をもう一度追い抜きます。この時、展示訓練のクライマックスであるIRデコイの発射を行います。
私が乗る「しらね」の真横で「はやぶさ」がIRデコイを発射、筒状のデコイは「はやぶさ」の前方上空で炸裂して無数の火花カーテン状の煙を散布、その下を「はやぶさ」が高速で駆け抜けます。

毎年、各地の展示訓練で発射されるIRデコイの炸裂シーンをことごとくハズしまくってきた私ですが、今回見事に炸裂の瞬間と疾走するミサイル艇を撮影することに成功しました♪ ただ、これは私の撮影技術が向上した訳ではなく、4月に購入した新しいカメラ(α77)の連射性能とAF追尾が優れているからです(笑)
ミサイル艇が過ぎ去った後は轟音をとどろかせながら対潜ヘリSH-60Kが飛来して来ました。前々回(2011年)に乗艦者の度肝を抜いたローパスが復活か!と一瞬期待したのですが、ヘリは高度を下げることなく接近、火の玉状のIRフレアを発射しつつ通過していきます。カメラの性能のお陰でこれも上手く撮れました♪

2012年4月に大湊を出港した練習艦隊を見送るためにローパスを行っていたSH-60Jが艦に接触して墜落する事故が発生して以来、海自ではローパスが禁止されています。死者が出た事故でしたので自粛は仕方ないと思いますが、ローパスは単なる見世物ではなくパイロットの技量を磨くのに必要な科目です。禁止したままでパイロットを委縮させ技量向上を阻むことになれば、それこそ本末転倒です。早い時期の再開を望みます。
展示の最後は「しらね」による祝砲の発射です。
祝砲を各艦によく見えるようにするためか、「しらね」は単縦陣で航行している艦隊から離脱し、「みょうこう」「はまぎり」「まつゆき」の右舷側を並走しながら祝砲を発射します。発射地点に付くために、「しらね」は増速しながら隊列から徐々に離れていきます。
各艦の乗艦者は、次の展示が「しらね」の祝砲発射だということで、右舷側に集まってカメラを構えていることでしょう。

前々回(2011年)、前回(2013年)ともに「しらね」の祝砲発射はありませんでした。というか、「しらね」自体が展示訓練に参加していませんでした。今回の祝砲発射は、「しらね」が来年3月に退役するのを前に、多くの人々に最後の雄姿を見せようと企画されたのだと私は考えます。まさに最後の晴れ姿なのです。
「しらね」はさらに増速して、直前を航行している「まつゆき」を追い抜きます。出港直後からずっと「まつゆき」の後ろを航行していた「しらね」ですが、初めて「まつゆき」の前に出たことになります。

「ゆき」型DDが企画・設計されたのは昭和50年代ですが、こうして洋上を航行している姿を見ると旧式艦の色褪せた雰囲気は感じられません。むしろ、非ステルスのデザインが軍艦的な武骨さを醸し出していて “精強な駆逐艦”といった雰囲気が満載です。
「ゆき」型DDは海自史上最多の12隻が建造され、今なお6隻が護衛艦・練習艦として活躍しています。8番艦「やまゆき」以降は改型とも言える改良版で、上部構造物へのアルミ合金の使用が中止されて、すべて鋼製となりました。また、重心対策としてバラストを搭載したため排水量が50t増加しています。
「しらね」は「まつゆき」の前を行く「はまぎり」を追い越します。
↑の「まつゆき」とほぼ同じ角度から撮影しているので、「ゆき」型DDと改良型である「きり」型DDの相違点が一目瞭然です
「ゆき」型に比して「きり」型では上部構造物が低く抑えられているほか、煙突とマストの複数化(1本→2本)、ヘリ格納庫の大型化が図られたことが明瞭に分かります。

艦首形状も鋭く突き出たクリッパー型に改められており、その姿は「ゆき」型が旧海軍の「吹雪」型駆逐艦を思わせるのに対し、「きり」型は高速駆逐艦「島風」を連想させます。
排水量の割に機関の出力が大きく、またクリッパー型艦首の効果もあって、「島風」と同様に護衛艦の中ではトップの俊足を誇ります。ただ、公称値は他護衛艦と同じ30ノットになっています。
「しらね」は「みょうこう」と並走しながら祝砲を発射しました。ただ、誠に残念ながら、私はヘリ甲板(しかもその最後部)にいたために大きな音を聞いただけで撮影はできませんでした。祝砲発射シーンの撮影は、「まつゆき」に乗る明日に持ち越しです。

主砲は前部甲板にあり、しかもその周囲は立ち入り禁止、さらに艦橋はウイングも露天部も既に超満員だったために、実は最初から主砲発射シーンの撮影は諦め、代わりに並走する3艦の撮影に専念しておりました。明日がありますからね…。
お蔭で「みょうこう」の素敵な姿も撮影することができました。この角度から見ると艦橋構造物の何と巨大なことよ! 22年前に就役直後の「こんごう」を呉で見た時は衝撃を受けましたが、それから20年以上経ってもその特徴的な姿はインパクト大です。
祝砲発射終了後、艦隊は帰港モードに入ります。
「みょうこう」は、いったん「しらね」を前に行かせた後、「しらね」の後方を横切ります。そして増速しながら「しらね」の右舷側を航行して前に出ます。同時に「まつゆき」も「しらね」に後続すべく変針、画像には写っていませんが、「はまぎり」敦賀港に戻るべく「みょうこう」「まつゆき」とは逆方向に変針します。帰路は、「みょうこう」「しらね」「まつゆき」という順序の隊列で舞鶴に戻るのです。

前々回(2011年)までは展示の最後に艦隊運動が披露されたのですが、前回(2013年)からはそれがなくなりました。今回も艦隊運動の展示はないのですが、この進路変針と隊列の入れ替えシーンが小規模ながら艦隊運動のようで心が躍りました
次回は、ぜひ艦隊運動の展示復活をお願いしたいものです。
1時間20分後、艦隊は舞鶴湾に入りました。
灼熱の甲板上で丸焼きにされていた私ですが、舞鶴湾に入る頃になるとやや暑さも和らいできたので、眼前に拡がる美しい景色を楽しんでおりました。が、その時、前方から「ブォ〜ン!」というけたたましい警笛が聞こえてきました。
すわ、敵襲か!と前方を見ると、「みょうこう」が止まっており、そのすぐそばをプレジャーボートが我が物顔で航行しています。

状況を説明すると、「みょうこう」は接近するプレジャーボートを発見し減速、さらに接近してくるために警笛を鳴らしたものの接近を続けるためについには艦を止めたという訳です。こんな状況でも事故が起これば「みょうこう」の責任にされてしまうのです
ボートの所有者に激しい怒りを覚えます大バカ者め!
「しらね」は舞鶴西港に入港。展示訓練初日が終わりました。
来年3月に退役することから、「しらね」に乗っての航海は今回が最初で最後になりそうです。長い間海自の顔として活躍し、私自身も少年時代から親しんできた名艦に最後の最後で乗艦して航海できたことは、マニアとして本当に幸せなことだと思います

明日は「まつゆき」に乗艦し、この「しらね」の雄姿を存分に撮影するつもりです。その意味では、私にとっては明日が本番であり、明日にどれほど「しらね」の雄姿を撮影できるかどうかで、この遠征の成否が決まります。よし、頑張るぞ! と、その前に今夜はビール片手に“戦果”(撮った画像)を確認だ♪(笑)
今回の「しらね」乗艦については、「SAS」管理人・Kさんから多大なるご協力とご配慮をいただきました。御礼申し上げます。

「しらね」に乗っての航海は今回が最初で最後、その鼓動・雰囲気・匂い…すべてを記憶に刻みました。