2015年7月 護衛艦「こんごう」別府寄港


7月24日から3日間、イージス護衛艦「こんごう」が私の地元にある別府観光港に寄港しました。
名高き「こんごうカレー」を喫食したほか、乗組員と交流するなど思い出深い寄港となりました。

7月下旬、夏真っ盛りです。いま私がいる場所は別府港(別府国際観光港)第3埠頭です。間もなくこの埠頭に、週末に一般公開を実施する護衛艦「こんごう」が入港する予定で、その入港シーンを撮影すべく灼熱の暑さに耐えながら撮影スタンバイしているのです。
第3埠頭は南北に伸びる長大な埠頭で、その南側は別府と大阪南港を結ぶ「フェリーさんふらわぁ」(旧関西汽船)が使用しており、一角には旅客ターミナルビルも設けられています。

遠方に見える特徴的な形状をした山はお猿さんで有名な高崎山です。別府湾は波穏やかで十分な広さがあり、かつ別府の街には温泉があることから、旧帝国海軍は艦隊の保養地として別府を利用していました。別府湾に停泊中の海軍艦艇を捉えた写真の中には、この特徴的な高崎山が背景に写っているものも数多くあります。
来た!!午後12時29分、「こんごう」が姿を現しました。
実は入港予定時刻は午後1時なのですが、海自(海軍)時間で「午後1時入港」というのは「午後1時に接岸がほぼ終了した状態」を意味するので、私たち一般人が「入港」と考える港への進入は、入港予定時刻の30分程度前になります。ただし、これは入港する艦が1隻のみの場合で、入港する艦が2隻、3隻と増えれば、その分最初に港に入ってくる艦の時刻は早まります。おおよそ目安ですが2隻だと40分3隻だと1時間程度前の時刻になります。

佐世保を母港としていることもあり、「こんごう」は私の地元で開催されるイベントに頻繁にやって来てくれます。同じ佐世保を母港とするイージス艦でも、「ちょうかい」は滅多に来ることはありません。
私とは93年の就役直後からの長いお付き合いが続いています。
防波堤を通過して港内に入って来た「こんごう」は、2隻の民間の曳船を伴ってゆっくりと近づいてきます。背後に見える陸地は、輸送艦「くにさき」の艦名に採用された国東半島です。
こうして見ると、船体に比して艦橋構造物が異様に大きく、超トップヘビー状態である印象を受けます。多分に見る位置と角度によってトップヘビーさは強調されるのでしょうけど、この角度から見る「こんごう」は、帝国海軍の空母「龍譲」の新造時並みの見る者に転覆の不安を抱かせるトップヘビー感を感じます。

今は海自にイージス艦が6隻も就役し、誰もがこの艦容には見慣れてしまっていると思いますが、23年前の「こんごう」就役時にはこの巨大な艦橋構造物は艦艇ファンの間で大きな話題となりました。私も呉で初めて見た時には、あまりの大きさに衝撃を受けました。
「こんごう」は私がいる第3埠頭の至近距離にまで迫ってきました。
海自でも屈指の大型艦が接近してきて、その姿がカメラのファインダーの中でどんどん大きくなっていくのは、マニア・撮影者としてこれほど心が躍ることはありません♪ まさに至福の時間です。
この角度・距離から見ると、先ほど述べたトップヘビー感はあまりなく、むしろ迫力と精悍さの均整がとれた艦という印象を受けます。このように、見る位置・角度によって艦の印象が変わることが「こんごう」型DDGの大きな魅力だと私は考えています。

船体は艦首から艦橋構造物直前に至る間に、傾斜だけでなく微妙なカーブが付いていますが、これは凌波性と重量軽減を両立させるためのデザインです。同様に、船体後部も重量軽減のために緩やかに傾斜した「ミニ・オランダ坂」となっています。
右舷側の艦橋ウイングでは艦長の齊藤一佐が操艦と入港作業の指揮を行っています。その横には二人の幹部がいて、艦長を補佐しています。無線機を手にしている幹部は、艦長の指示を曳船に伝える役で、この役割は一般的には艦長・副長に次ぐ艦の3の幹部(多くの場合、砲雷長または船務長)が担当します。

露天部に整列している隊員は、夏季実習で乗り組んでいる防衛大3年生の海上要員です。防大は陸海空3自衛隊の“統合士官学校”ですが、夏の制服は海自の夏服(第3種)にそっくりなので、艦上に整列する姿は、まさに海自の“士官候補生”といった雰囲気です。
学生たちは夏季休暇に入る前のこの時期に艦に乗り組み、訓練や航海等を見学しながら海自の活動の一端を学びます。「こんごう」での実習を通して、「海を選んで良かった」と感じて欲しいものです。
「こんごう」の甲板から舫いが降ろされ、埠頭では大分地本広報室の隊員が舫いを固定する作業に奔走しています。最初の舫が埠頭に固定されたタイミングで、艦首の旗竿に日章旗が掲揚されます。
艦首水面下にはドーム状のOQS-101改バウソナーが装備されているので、艦長は出入港時には水面下で前方に飛び出ているバウソナーを岸壁にぶつけたりしないよう細心の注意を払いながら操艦する必要があります。見えない所にまで注意を払う必要があるのです!

ほとんどの護衛艦は水面下に大きなソナーを備えているため、水深が浅い港には入港できません。大型艦艦長経験者の多くが「水深10mは怖い、14mは欲しい」と言います。ちなみに県と別府市は4年前に、クルーズ客船と海自艦用に第4埠頭を整備しましたが、水深が10mしかないために海自艦は今も第3埠頭を使っています。
入港翌日は土曜日ということもあり、入港歓迎式典一般公開が実施されます。歓迎式典が始まる前に第4埠頭から「こんごう」の後ろ姿を撮影しました。抜けるような青空、綿菓子のような夏雲、風にたなびく自衛艦旗…護衛艦が寄港している夏の休日を象徴するような素敵な絵になりました♪ 日ごろは猛訓練に明け暮れている「こんごう」が、羽を伸ばしてくつろいでいるようにも見えますね。

「こんごう」型は艦橋構造物の後方には2本の煙突以外にこれといった大きな構造物がありませんが、これはSPY-1Dの後方視界を確保するための措置です。こうして見ると後方用のSPY-1Dアンテナが良く見え、視界が確保されているのを実感することができます。
船体後方が緩やかに傾斜し、「ミニ・オランダ坂」になっているのが分かります。この傾斜が艦容に優雅さを加えていると感じます。
午前10時から入港歓迎式典が開催されました。別府市長や支援団体代表による歓迎の挨拶、齊藤艦長の挨拶、県出身乗組員の紹介などのあと、ミス別府から齊藤艦長に花束が贈呈されました。
艦長、とても嬉しそうです(笑)

艦艇が入港すると乗組員が別府の街で飲食をするなどして、大きな経済波及効果が発生することから、海自艦艇の別府入港に対して別府市は市を挙げての歓迎ムードを演出します。よほどの所用がない限り、式典には毎回、市長本人が駆け付けます。
4月まで8年間市長を務めた前市長は、市長になる前は自衛隊に反対する社会党(のち社民党)の県議でしたが、市長当選後は式典に駆け付けて乗組員を前に歓迎の挨拶をするという、何とも皮肉かつシュールな光景がこの埠頭で繰り広げられていました。
歓迎式典のあと、関係者を対象にした特別公開が実施され、有難いことに、私はこの特別公開に参加することができました。
齊藤艦長と水雷長の案内で艦外・艦内を巡るのですが、まず最初は前甲板にある主砲=127ミリ単装砲です。イタリア・オートメラーラ社製で、最大発射速度は毎分45発という速射砲です。この砲を海自艦艇で搭載したのは、この「こんごう」が最初となります。

この砲は「こんごう」型のほか「たかなみ」型DDにも装備されていますが、その後に建造された「あたご」型DDGや「あきづき」型DDではこの砲は採用されず、代わりにMk.45 mod.4 5インチ単装砲が装備されています。個人的には迫力ある外観を有する127ミリ砲の方が好みであり、あくまでも見た目での話ですが、「こんごう」のような大型艦にはこの砲が似合っていると思います。
艦橋です。「こんごう」型の艦橋はこれまでに何度も見学・撮影したことがありますが、相変わらず狭いです(笑) 艦橋構造物が上にいくほどすぼまった形状をしているために、大型艦にも関わらず艦橋がこんなにも狭くなってしまっています。最新の掃海艇・「ひらしま」型の艦橋の方が広いような感覚すら覚えます。実際はどうなのでしょう…?

左側に立っているのが特別公開の案内役の一人、水雷長(一尉)です。話を聞いていると艦艇勤務が豊富なようで説明が詳しく、なおかつ面白い!ユーモアと自虐を込めた説明は天下一品です。
思い起こせば、6年前に「こんごう」を見学した際にも、まるで落語家のように話が面白い幹部(この人も水雷長)がいました。どうやら「こんごう」の水雷長には喋り上手・芸達者な幹部が充てられるようです(笑) さすが「こんごう」、いい人材を乗せています。
艦長も随所で説明役を務めます。先ほどの水雷長とは異なり、艦長の説明は簡潔かつ理路整然、とても分かり易いです。どうして海自幹部の方々はこうも話が上手なのでしょうか?幹部候補生学校時代の5分間講話に始まる長年に渡る錬成の賜物なのでしょうね。
私には分かりやすく興味をそそられる艦長の説明ですが、ミス別府のお嬢さんには今ひとつ分かりにくかったのか、ややチンプンカンプンな表情をしていました。まあ、そもそも艦に興味はないでしょうから…(汗)

齊藤艦長は防大34期生とのこと。もし私が防大に進んでいたら一期上の上級生だったことになります。それだけで齊藤艦長に親近感を覚えてしまうのですが、私とほぼ同じ年齢の幹部がイージス艦の艦長となり、海上防衛の第一線で活躍されていることをとても嬉しく感じます。いつか、35期生の艦長にお会いしたいものです。
とても珍しい場所を見学することができました。艦内に二つしかない個室のひとつ、司令室です。「こんごう」が所属する第5護衛隊第1護衛隊群司令が乗艦した際に使用する部屋です。
本日は司令・群司令が乗艦していないので空室です(だから見学できたのでしょう…)。しかし、夕刻に群司令の齋藤将補が乗艦するとのことで、乗艦した齊藤将補はこの部屋を使うことになります。

この部屋は艦橋構造物01甲板(二階)の左舷側にあり、反対側の右舷側にはほぼ同じ間取りの艦長室があります。米海軍艦艇の艦長室・指揮官室は広大で内装も豪華ですが、「こんごう」のそれはあまり広くなく(狭いとすら言えます)、内装も極めて簡素です。
執務机の対面には応接セットが置かれています。また、右側に少し見えている部屋は司令用の寝室・浴室等がある私室です。
司令私室です。ベッドが置かれているほか、洗面台浴室トイレが設けられています。まさに“指揮官の生活の場”です。床や壁面の形を見ればお分かりいただけると思いますが、艦橋構造物の形状に合わせたとても複雑な形の部屋となっています。
諸外国海軍の少将・大佐に相当する幹部の部屋にしてはかなり簡素な気がしますが、相部屋・大部屋が通常の艦内に個室を持てるというのは、やはり“指揮官の特権”と言えるでしょう。

海自艦の艦長室・司令室は、執務室とベッドがある私室の2区画に分かれているのが通常ですが、古い艦だと机の横にベッドが置かれていて、執務室と私室が区画として分けられていない場合もあります。枕元に近い壁面に艦内連絡用の電話とインターホンがあるのにご注目。指揮官には就寝中にも容赦なく連絡が入るのです。
こちらは司令室に隣接した場所にある司令公室です。
司令と幕僚が会議や食事等をする部屋で、いわば“司令部用士官室”といった部屋です。群司令部には群司令首席幕僚以下15人程度の幕僚がおり、これらの方々がこの部屋を使用します。ただ、幕僚たちはデスクワークはこの部屋では行わず、デスクワーク用の幕僚事務室が別の場所に設けられています。

群司令部の平均的な陣容は、群司令首席幕僚訓練幕僚航空幕僚後方幕僚監理幕僚通信幕僚運用幕僚情報幕僚気象幕僚水雷幕僚航海主任船務主任といった顔ぶれで、これに各分野で幕僚を補佐するベテラン海曹が10〜15人程度司令部に所属しています。夕刻に群司令の齋藤将補が乗艦すれば、この部屋も幕僚の方々で賑わうことになるのでしょうね。
機関操縦室です。ここで4基のLM2500ガスタービンをコントロールするとともに、艦内のダメージコントロール(応急指揮)や電源供給空調管理を担っています。船体内の第2甲板にあります。

「こんごう」型の機関は、設計の参考にした米海軍「アーレイ・バーク」級駆逐艦と同じく、ゼネラル・エレクトリック社製LM2500ガスタービンエンジンを海自艦艇として初めて搭載しています。
4基のガスタービンエンジンがCOGAG方式によって2軸を推進させ、最高出力は10万馬力、最大速力は30ノットとなっています。
新鋭艦の機関制御盤は液晶表示が増え、計器やスイッチは少なくなりましたが、「こんごう」型が建造されたのは1990年代初頭ということから、制御盤にはアナログチックな計器やスイッチが数多く並んでいます。実はベテラン艦であることを実感させられます。
医務室です。「ましゅう」型補給艦や「ひゅうが」型DDHの“浮かぶ病院”ともいえる医務室と比べると貧弱に感じてしまいますが、補給艦とDDHを除く艦の中では広さ・設備ともトップクラスの医務室です。

護衛艦には医務長(医官)という配置が定員上は存在しますが、通常時に医務長が常駐している艦はなく、看護師の資格を持つ衛生員が数名配置されているのみです。医務長が乗るのは、海外派遣や遠洋航海といった艦が長期間海外で行動する時のみです。例外的に観艦式展示訓練など大勢の民間人を乗せて長時間航海する際には、急患発生に備えて医官が乗艦することがあります。
医務室は船体内の第2甲板にありますが、戦闘時には上甲板に近い場所に戦時治療室が設けられることになっており、海自艦艇では多くの場合、士官室が臨時の戦時治療室となります。
最後は今回の特別公開で最も楽しみにしていた士官室です。
「こんごう」の士官室に立ち入ることができるだけでも大変嬉しいのですが、テーブルにはご覧のように料理が並んでいます。そして食欲をそそるスパイシーな香りも漂っています…そう、特別公開の参加者は、ここで昼食のカレーをご馳走になるのです

美味しいカレーがひしめく海自カレーの中でも、ひと際美味しいと評判の「こんごう」カレーですよ!去年12月の「第3回GC(護衛艦カレー)1グランプリ」で優勝の栄誉に輝き、その余りの美味しさ故に、佐世保市ではレトルト商品として販売されているほどの逸品です。そのカレーを士官室でご馳走になるなんて、これほど嬉しいことはありません。特別公開の参加にお声かけしていただいた大分地本渉外広報室の皆様に、心から御礼申し上げます。
こちらがその「こんごう」カレーです。その隣には野菜・果物・揚げ物・ゆで卵から成る副菜も用意されています。
なんて美しい盛り付けなのでしょう!!カレー・副菜ともに、錨マークと金色のラインがはいったお皿に、芸術的な美しさで盛り付けています。山状に成形したライスを囲むようにカレールーが注がれていますが、ライスの右半分だけを囲み、ライスの裾の先端でルーを止めて左半分は囲まないという芸の細かさです。

一方、副菜はトマトとキウイが可愛らしくカットされているほか、キュウリや揚げ物といった板状の物はクロスして置かれるなど手の込んだ盛り付け…カレーといい副菜といい「こんごう」給養員の技術が光ります。これはもう匠の技と言ってもいいでしょう。この芸術的な盛り付けを目の当たりにして、食べる前からテンション・アップです。
カレーのお味はというと…これはもう表現できない美味しさです♪
一見、ルーに具がほとんど入っていないように見えますが、これは長時間煮込んだことで肉や野菜が原形をとどめない粒状になっているためで、一口食べると、口の中に香辛料のスパイシーな味わいとともに肉と野菜の味もしっかりと広がります
「こんごう」カレーは牛肉のロース肉スジ肉をふんだんに使ったビーフカレーで、隠し味にはリンゴとハチミツに加え、何とチョコレートまで使っているということで、辛さと甘さが絶妙なハーモニーを奏でています。GC1グランプリで優勝するのも納得のお味です。

美味しさに感動して夢中で食べていたら、あっという間に完食。さすがに「士官室係さん、おかわり!」などと申し出る勇気はありませんでした(笑) 毎週このカレーを食べる乗組員が羨ましいです…。
美味しいカレーをご馳走になって大満足の私、満腹になったお腹を抱えながら「こんごう」から降りると、埠頭が大変な事態になっているではありませんか!「こんごう」を見学しようとする人たちが埠頭に溢れ、第3埠頭用の駐車場は長い駐車待ちの列が出来るほどの大混雑ぶりです。何なの、この異常な人気は…?

見学者が押し寄せるのには、実は地理的な理由もあります。通常、護衛艦が入港するような港は市街地から遠く離れた辺鄙な場所に位置しますが、別府港はフェリー・客船用の観光港という性格上、市街地に面して存在します。しかも、埠頭のすぐそばを東九州の大幹線・国道10号が通っているために大勢の人が押し掛けやすいという訳です。幹線国道を走行中に接岸中の艦艇がすぐ目の前に見える港は、日本広しといえども別府くらいではないでしょうか。
午後1時、一般公開が始まりました。公開開始直前には、第2煙突付近に架かる乗艦用桟橋から艦首の位置まで長い列が延びており、ざっと数えて200人近い人が乗艦待ちの列を作っていました。
いやはや、2015年の夏も海自人気は沸騰中ですねぇ。というか、人気の度合いが年を追うごとに過熱気味なのが気になります。

「こんごう」は一週間前に徳島県の小松島港に寄港し、一般公開を実施しました。小松島でも大変な数の見学者が訪れ、艦橋に登るために灼熱の甲板上で1時間以上も待つという事態が発生、熱中症患者も発生したということです。このため、別府では小松島のような事態を未然に防ぐために艦橋の公開は中止され、見学エリアは上甲板のみとなってしまっています。見学者の皆さんは艦橋を見たいのでしょうけど、熱中症を防ぐためには止むを得ませんね…。
この日の午後6時から別府市内のホテルで「こんごう」の入港歓迎会が開催され、不肖、私めも末席に連ならせていただきました。
主催は大分県自衛隊父兄会で、「こんごう」側からは艦長・副長ら主要幹部先任伍長、さらに1護群司令首席幕僚が参加、地元は父兄会等の関係団体の代表らが参加しました。

←は齊藤艦長が挨拶をしている場面で、着席している後ろ姿の人は1護群首席幕僚の大谷一佐です。少し前に練習艦「しまゆき」の女性艦長として話題となった大谷三穂二佐の旦那様でいらっしゃいます。会では齊藤艦長のほかに先任伍長、さらには群司令まで挨拶に立ったのですが、3人は話す内容や口調はそれぞれ異なるものの、とにかく面白い!会場は挨拶の度に笑いに包まれます。ユーモアを大切にする船乗りの本領発揮といったところでしょうか。
第1護衛隊群司令・齋藤将補と約4ヶ月ぶりの再会です。
ご挨拶をさせていただき、4月の「いずも」公開の際に逸見岸壁で色々とお話を伺ったことを告げると、群司令は私を覚えてくださっていたようで、「熱心に『いずも』を撮影されていた方ですよね。その節は大変お世話になりました」などとおっしゃるではありませんか。いやいや群司令、お世話になったのは私の方ですから…。

挨拶の際に、当HPの管理人としてサイト運営をしていることも告げたのですが、群司令は「岸壁での質問内容からして恐らくそうではないかと思っていました。これからも海上自衛隊の応援と情報発信をお願いします」と激励していただきました。群司令からこのようなお言葉をいただくなんてなんという光栄!!第1護衛隊群公認(?)となった当HP、群司令の期待に応えるべく頑張ります!
この会で、ある「こんごう」の幹部と意気投合しました。副長の坂井二佐(写真左)です。坂井二佐は私の“海自愛”に感銘を受けられたようで、「民間の方でこれほど海上自衛隊を応援してくれるなんて、一隊員として非常に嬉しい」とおしゃっていただきました。さらに海上防衛に対する考え方自衛隊をめぐる報道の在り方などでも意見を交わし意気投合、今後も交流を続けていくことになりました。

坂井二佐は副長職(砲雷長兼副長)が3回目の「こんごう」勤務という、幹部としては珍しい経歴をお持ちです。現在、同期の数人が艦長を務めているとのことで、大型艦の副長である坂井二佐も、「次」か「次の次」の異動で艦長職を拝命すると考えられます。「その時にはぜひカレーをご馳走してください」とお願いしました(笑) ※坂井二佐は2016年9月に、めでたくDD「たかなみ」艦長を拝命しました。頑張れ!坂井艦長!
2日後、3日間の別府寄港を終えて「こんごう」が出港します。私は第3埠頭に隣接する第4埠頭から見送りと撮影を行います。
午前9時、高らかに出港ラッパが吹奏されたあと、「こんごう」はゆっくりと第3埠頭から離れていきます。埠頭の南側には、2時間前に大阪南港から到着した「さんふらわあ こばると」が停泊しています。

埠頭の突端に船体の損傷を防ぐための防舷材がありますが、民間港である別府港にこんな物が常設されている訳はありません。海自艦が入港するたびに呉または佐世保から運搬してくるのです。かつては輸送艦「ゆら」(2013年退役)が運んできたこともありました。
防舷材だけでなく、乗艦用の桟橋(梯子)も同様です。なので、これらをよく見ると「呉港務隊」などと記されています。地方港への海自艦の入港には、多くの労力がかかっているのです。
タグボートに曳かれながら埠頭を離れて行く「こんごう」の甲板上に艦内アナウンスが流れました。「右、帽振れ!」
甲板上、艦橋ウイング部・露天部にいる乗組員は、「こんごう」の出港を見送っている自衛隊支援団体のメンバーらに対し、“海軍”伝統の別れの儀式である「帽振れ」で感謝と惜別の気持ちを伝えます。純白の夏制服を来た乗組員が整列して艦上で帽振れを行う光景は、私にとっては最も“夏”を感じる光景でもあります。

私が「帽振れ」を初めて見たのは、小学生の時にテレビ放送で見た映画「山本五十六」(主演:三船敏郎)だったのですが、広島にある大学に進学して呉で「帽振れ」を生で見た時には、「これが、あの『帽振れ』か!」と、えらく感動したことを今も鮮明に覚えています。
と同時に、海自と帝国海軍の連続性・共通性を強く感じました。
通常、第3埠頭を離れた大型艦は、後進で防波堤の出口付近まで進み、そこで回頭するのですが、驚くべきことに、「こんごう」は後進せずに埠頭と防波堤に挟まれた狭い場所で回頭を始めました。

一見、「こんごう」1隻が回頭するには問題のない広さがあるように見えますが、「こんごう」の艦首水面下には前方に付き出た大きなソナードームがあるのです。それを考慮すると決して十分な広さではなく、私は第4埠頭から「下手をするとソナードームを埠頭に擦りつけてしまうのではないか」と、ハラハラしながら回頭を見守ります。特に艦首が埠頭の至近距離までに最接近した時には、撮影しながら祈るような気持ちになったことは言うまでもありません。
出港支援のために第3埠頭にいた知り合いの大分地本の隊員(二海曹)も、「えっ、ここで回頭するの!? 」と驚いたとのこと。
私の心配をよそに「こんごう」は無事に回頭を終え、一路、港外に向かって航行を始めました。「あ〜、良かった…」
過去に何度も「こんごう」や「あしがら」、「くらま」といった大型艦が入港したことがある別府港ですが、この場所で回頭したのは今回の「こんごう」が初めてです。なぜ齊藤艦長は、これまで他の艦長たちが行わなかったこの場所での回頭を選んだのでしょう?

考えられるのが、過去のレポで何度か言及していますが、港のデータを採取したということ。今後入港する大型艦にデータを提供するために、別府港では離岸してすぐに「その場回頭」ができるかどうかを試したと思われます。何気なく見える艦の出港も、実はデータ採取や訓練を兼ねていたりすることがよくあります。海自艦の行動には全てに意味があり、無駄がないと言っても過言ではありません。
「こんごう」は私がいる第4埠頭の前を航行して行きます。カメラのファインダーの中で「こんごう」の姿が溢れんばかりの大きさになった時、予想外の艦内放送が聞こえてきました。「左、帽振れ!」
「えっ…?」。「こんごう」の位置から考えて、第3埠頭にいる見送りの方々への「帽振れ」ではないことは明らかです。とはいえ、第4埠頭にいるのは私ただ一人…。「まさか、私への『帽振れ』なの!?」

2日前の「こんごう」入港歓迎会の際に、副長に「出港の時には第4埠頭で撮影をしながらお見送りいたします」と言っていたので、副長が埠頭にいる私の姿を認め、艦長に進言して二回目の「帽振れ」を実施した可能性があります。もしかしたら、誰にという訳でなく、入港でお世話になった別府市全体への「帽振れ」という可能性もありますが、私としては「私のための『帽振れ』」と信じたいです
予想外の「帽振れ」に驚きながら、望遠レンズで艦橋周辺を眺めてみると、齋藤群司令が、大谷首席幕僚が、そして船務長ら歓迎会でご挨拶させていただいた「こんごう」の幹部が、こちらに向かって帽子を振ってくれています。やはり、この「帽振れ」は私に…?
私は撮影を中断し、同じく「帽振れ」で答礼します。ご安航を!

副長は艦長とともに右舷側ウイングにいるようなので姿は見えませんが、もしかしたら艦橋の中から私の姿を見ているのかも知れません。近い将来、艦長となった副長にお会いするのが、今からとても楽しみです。どの港のどの艦の艦長になるのでしょうか…。
思い起こせば5年前のちょうど今頃、この別府港でDD「ありあけ」に乗艦した当時の第7護衛隊司令と知り合い、今も交流が続いています。同じように、副長とも長く交流を続けていきたいものです。
「こんごう」は私の前を通り過ぎて港外へと向かいます。「こんごう」がこれから向かうのは母港・佐世保なのでしょうか、それとも次なる寄港地、はたまた訓練実施海域なのでしょうか?いずれにしろ、安全な航海と艦長以下乗組員の奮闘を願わずにはいられません。
頑張れ!「こんごう」!! 素敵な夏の思い出をありがとう!


就役直後から数々の思い出がある「こんごう」ですが、この夏さらに素敵な思い出が加わりました。 坂井副長ら「こんごう」乗組員の皆様や齋藤群司令に、また近いうちにお会いしたいものです。
そういえば、今年は10月に3年ぶりの観艦式がありますね。観艦式に「こんごう」が参加し、相模湾を航行する雄姿を存分に撮影することができ、なおかつ、副長をはじめとする乗組員ともお会いできることを願いつつ、別府湾を出て行く「こんごう」を見送りました。

「こんごう」がくれた2015年夏の楽しいひととき、あのカレーの味はいつまでも忘れることはないでしょう。