2015自衛隊観艦式 〜事前公開2・式典編


正午ジャストに受閲艦艇部隊への観閲がスタート、海外艦を含む27隻の雄姿をとくとご覧あれ。

正午、受閲部隊が見えて来ました!観閲式典がスタートします。
旗艦「あたご」以下、海外艦を含む27隻の艦艇が一本の隊列となって、観閲部隊と観閲付属部隊の間を航行して観閲を受けます。「ぶんご」に乗った3日前とは正反対の位置から見る観閲式典ですが、受閲部隊各艦が長時間の航海を経て一本の隊列を制形し、いまようやく姿を現しているのだと思うと感慨もひとしおです。

3日前の事前公開1とはうって変わり、上空はご覧のような曇り空。海は鉛色となり、艦艇たちも見事なまでの迷彩効果で鉛色を纏って海に同化します。嗚呼、最高の場面で、ある意味最悪な撮影環境せっかく綺麗にお化粧している“べっぴんさんたち”も今ひとつぱっとしない晴れ姿になってしまいそうです(涙)
とはいえ、受閲部隊は目前に迫っています。撃ち〜方はじめぇ!
先頭は受閲艦艇部隊旗艦「あたご」です。「こんごう」型の改良型イージス「あたご」型の1番艦で、2007年3月に就役しました。
弾道ミサイル防衛への対応を想定して設計されているものの、迎撃能力(BMD能力)は備えておらず、2012年度からBMD艦とするための改修が実施されています。数年後に妹の「あしがら」と共にBMD艦化が実現すればBMD艦は6隻(「こんごう」型4隻+「あたご」型2隻)となり、弾道ミサイル防衛の即応体制が強化されます。

2008年、ハワイで性能評価試験を行った帰路に不幸な事故を起こしてしまったため、広報行事には一切参加させてもらえない“謹慎状態”が3年余り続きました。2011年夏に広報行事参加が解禁となり、ついに今年、受閲艦艇部隊旗艦という栄誉ある役目を仰せつかりました。第3護衛隊群第3護衛隊に所属し、母港は舞鶴です。
受閲第1群はDDGとDDの組み合わせ。まずは「しまかぜ」です。
第三世代ミサイル護衛艦「はたかぜ」型の2番艦で、1988年3月に就役しました。当初5隻の建造が計画されたものの、DDGがイージスシステム搭載艦(=「こんごう」型)に移行したため、本級はこの「しまかぜ」で建造が打ち切りとなりました。

「駆逐艦の最高傑作」「駆逐艦版戦艦大和」などと高い評価を受ける帝国海軍の駆逐艦「島風」の名を継承する艦ですが、「あまつかぜ」(天津風)をプロトタイプとしていることや、建造が自艦で打ち切りになってしまったことなど、「島風」とは奇しくも共通する点があったりもします。逆に速力は護衛艦の標準・30ノットで、残念(?)ながらこの点では「島風」(40ノット)とは共通していません。
第4護衛隊群第8護衛隊に所属し、母港は佐世保です。
第1群2隻目はDD「おおなみ」です。「なみ」型DDの2番艦で、姉の「たかなみ」と共に2002年3月に就役しました。姉が東の浦賀で生まれたのに対し、「おおなみ」はその翌日に長崎で生まれました。
2013年1月に東シナ海において、中国海軍のフリゲート艦がこの「おおなみ」が搭載していたヘリコプターに対して、火器管制レーダーを照射するという事件がありました。「おおなみ」は、東シナ海における日中の緊張状態を身を持って経験した海自艦といえます。

去年(2014年)7月に第19次派遣海賊対処行動水上部隊として、自身3度目となるソマリア派遣に「たかなみ」と共に出航しましたが、任務を終えて帰国している際にエアアジア8501便墜落事故が発生し、インドネシア近海で9日間に渡って捜索活動に従事しました。
第2護衛隊群第6護衛隊に所属し、母港は横須賀です。
受閲第2群は「むらさめ」型DD姉妹のコンビです。まず最初は「きりさめ」です。9人もの姉妹がいる「むらさめ」型の四女(4番艦)で、1999年3月に就役しました。この「きりさめ」という名は、護衛艦の中では珍しい帝国海軍艦艇には存在しなかった艦名です。

2001年、テロ対策特別措置法施行により、第一陣として「くらま」・補給艦「はまな」と共にインド洋に派遣されます。6年後の3回目の派遣時にテロ特措法が延長されず失効したため帰国、「きりさめ」はテロ特措法に基づくインド洋派遣の初陣と撤退両方を経験します。逆に、2008年から2年余り実施された新テロ特措法に基づくインド洋派遣任務には1度も参加していません。また、2011年には中国海軍と親善訓練を行うなど、割と異色な経歴を持つ艦です。
第4護衛隊群第8護衛隊に所属し、母港は佐世保です。
第2群2隻目は「さみだれ」です。「むらさめ」型DDの六女(6番艦)で、2000年3月に就役しました。この艦名は海自では初、帝国海軍を含めると白露型駆逐艦6番艦「五月雨」に続き2隻目となります。
駆逐艦「五月雨」とは奇しくも6番艦という点が共通しており、5番艦「いなづま」の次の6番艦が「いかづち」ではなく「さみだれ」となったのは、海自が「五月雨」との“6番艦つながり”を重視したためと思われます。ご存知の通り、「いかづち」は7番艦の名になっています。

「きりさめ」と同様に初陣を務めた経験があります。2009年、現在も続くソマリア沖海賊対策に第1次水上部隊として参加、派遣期間中124隻の商船を護衛しました。そのソマリア派遣にはこれまで3回参加、3回目(17次派遣)の際には、故障で漂流中の外国船の救助も行いました。第4護衛隊群第4護衛隊に所属し、母港はです。
受閲第3群は最新鋭DDH「いずも」です。「1隻のみなので群ではないのでは?」というツッコミは止めておきましょう(笑)
「ひゅうが」型DDHの拡大型で、本年3月に就役したばかりの最新鋭艦です。今回の観艦式乗艦券の抽選倍率が驚異的に跳ね上がった要因のひとつは、この「いずも」を見たくて応募した人が多かったと私は考えています。そのくらい大注目の艦なのです。

その形ばかりが注目されていますが、「いずも」の特性はDDHと輸送艦・補給艦・病院船の機能を融合させた多用途性にあります。いうなれば「多目的護衛艦」です。それなのに形と大きさだけを見て「空母だ!空母だ!」と狂喜乱舞している浅はかなマニアに対して、私は海に蹴落としたくなるほどのムカつきを覚えます(苦笑)
第1護衛隊群第1護衛隊に所属し、母港は横須賀です。
受閲第4群は潜水艦部隊です。最初に現れしは「ずいりゅう」です。
海自初のAIP潜水艦「そうりゅう」型の5番艦で、2013年3月に就役しました。横須賀に配備された最初の「そうりゅう」型でもあります。
第4群指揮官である第2潜水隊群司令が座乗しているためにセイル上のマストに指揮官旗が揚がっていますが、潜水隊群司令の階級は1佐とはいえ護衛隊司令よりも格が上の一佐(一佐職[三]=代将相当)であることから、珍しい代将旗が揚げられています。

「ずいりゅう」とは「美しくみずみずしい龍」という意味で、旧海軍・海自通じて初めての艦名です。かつてプレイしたゲーム「提督の決断」において、改飛龍型の架空空母に「瑞龍」と名付けた経験から、個人的には非常に馴染みがある艦名で、不思議な親近感を感じる艦です。第2潜水隊群第4潜水隊に所属し、母港は横須賀です。
第4群2隻目は「こくりゅう」です。「そうりゅう」型潜水艦の6番艦で、「いずも」同様に今年3月に就役したばかりの最新鋭艦です。以前に比べて観艦式の参加艦艇が少なくなっていることを嘆く私ですが、「いずも」と「こくりゅう」という今年就役したばかりの最新鋭艦2隻を観艦式に参加させたことは評価したいと思います。

「こくりゅう」は漢字で記すと「黒龍」で、「北方を守る神聖な龍」です。「そうりゅう」型には「はくりゅう」(3番艦)と「せきりゅう」(8番艦・2017年就役予定)もあり、これらの艦を私は個人的に“色彩龍”と呼んでいます。「おそ松さん」の数字松(一松&十四松)みたいなものです(笑)
ちなみに「白龍」は西方、「赤龍」は南方を守る神聖な龍で、「黒龍」と合わせると自衛隊が重視している地点(北海道&西南諸島)になります。第2潜水隊群第4潜水隊に所属し、母港は横須賀です。
第4群の殿は「うずしお」です。「そうりゅう」型よりも一世代前となる「おやしお」型潜水艦の3番艦で、2000年3月に就役しました。
22防衛大綱によって潜水艦24隻体制が謳われ、それを実現するため「おやしお」型が従来の18年間運用から24年間運用に変更されたことから、この「うずしお」も艦齢延伸工事が施されました。

海自潜水艦史において、「うずしお」という艦名は「くろしお」「おやしお」に次ぐ名誉ある名前で、先代の「うずしお」は海自初の涙滴型船体を採用した「うずしお」型1番艦に採用されました。
初代「うずしお」が新鋭艦として活躍していた頃(昭和40年代後半)、私の実家にあった洗濯機(二漕式)の製品名が「渦潮」でした。私にとっては先の「ずいりゅう」同様に、個人的に親しみを感じる艦名でもあります。第2潜水隊群第2潜水隊に所属し、母港は横須賀です。
受閲第5群は掃海部隊です。部隊を率いるのは掃海母艦「ぶんご」です。「うらが」型掃海母艦の2番艦で、1998年3月に就役しました。
「うらが」型の計画時は呉(第1)横須賀(第2)にそれぞれ掃海隊群があったことから、その名残で現在も掃海母艦が呉と横須賀に1隻づつ配備されており、この「ぶんご」は就役から2000年3月までの2年間、第1掃海隊群旗艦を務めていました。
呉の掃海母艦といえば、オールドファンにはペルシャ湾掃海派遣部隊(1991年)の旗艦だった「はやせ」を思い出すかと思いますが、「ぶんご」はその「はやせ」の代艦にあたります。

垂直にそそり立つ乾舷が目を引きますが、補給や休養・会議等で掃海艇が横付けすることから、この部分だけはステルス性を放棄して敢えて垂直にしています。掃海隊群直轄艦で、母港はです。
掃海母艦のあとには掃海艦・掃海艇が続きます。まず最初は掃海艦「つしま」です。海自初の掃海艦である「やえやま」型の2番艦で、1993年3月に就役しました。掃海艦が主任務とする掃海は、船舶の航路を啓開する一般的な掃海ではなく、掃海艇では対処不能な深深度にある機雷を処理し潜水艦の航路啓開を目的としています。
磁気反応型機雷を避けるために掃海艇と同様に船体は木造であり、基準排水量が1000tに達する世界最大の木造船です。

就役から22年が経過して老朽化が進んできたことから後継型の建造が始まっています。その1番艦「あわじ」が今月末に進水を控えているほか(2017年3月就役)、「つしま」の代艦となる2番艦も既に起工されており、来年度の進水を経て2018年3月に就役予定です。
掃海隊群第51掃海隊に所属し、母港は横須賀です。
第5群3隻目は掃海艦「はちじょう」です。「やえやま」型掃海艦の3番艦で、1994年3月に就役しました。
次タイプ「あわじ」型は、最新型掃海艇「えのしま」型と同様、船体がFRP(繊維強化プラスチック)製となり、重量の軽減長寿命化が図られます。今後海自が建造する掃海艦艇はすべてFRP製となることから、船体に美しい木目を有する木造掃海艦艇は、残念ながら近い将来消えゆく運命にあります。

掃海艦艇の名前は島の名前に由来しますが、掃海艇よりも大きい掃海艦の名が、いずれも日本を代表する大きな島の名前(「やえやま」「つしま」「はちじょう」「あわじ」)であることに、海幕の命名担当者の“芸の細かさ”を感じずにはいられません(笑)
掃海隊群第51掃海隊に所属し、母港は横須賀です。
第5群4隻目は掃海艇「ひらしま」です。「ひらしま」型掃海艇のネームシップで、2008年3月に就役しました。4番艇「えのしま」以降の艇が船体にFRPを採用「えのしま」型となったことから、「ひらしま」型は後続する「たかしま」を含めて3隻のみです。そして、船体に木を使う木造掃海艇最後の型式となってしまいました。

前タイプ・「すがしま」型より船体を大型化し、航行性能と向上と掃海作業用スペースの拡大が図られました。掃海用装備は国産のS-10掃海具を採用、音響・磁気掃海具を標準装備するなど、「すがしま」型よりも掃海能力が格段に向上しました。また掃海具も51年ぶりに開発された新型機を搭載しており、「ひらしま」型は海自掃海艇史における新時代を切り拓いた型式といえます。
掃海隊群第2掃海隊に所属し、母港は佐世保です。
第5群5隻目は掃海艇「たかしま」です。「ひらしま」型掃海艇の3番艇で、2010年2月に就役しました。4番艇「えのしま」がFRP船体を採用して別型式となったことから、「ひらしま」型の最終艇であり、船体に木材を使った木造掃海艇の最後の艇となってしまいました。

艇名の「たかしま」は、私はてっきり地元・豊予海峡に浮かぶ高島から名付けられていると思っていたのですが、実は「たかしま」は「鷹島」で、長崎県松浦市の鷹島から名付けられています。高島・鷹島ともに全国各地に存在することから、私のように自分の地元の「たかしま」から名付けられていると誤解している人も多いのではないでしょうか(笑) 長崎県松浦市の人以外は残念ながら間違いです!
この艇名、旧海軍を含めて4代も使われている名誉ある名前でもあります。掃海隊群第2掃海隊に所属し、母港は佐世保です。
第5群最後は掃海艇「みやじま」です。12隻の同型艇を有する「すがしま」型掃海艇の10番艇で、2005年2月に就役しました。現役の掃海艇が20隻もあるにも関わらず、この「みやじま」は3年前の前回に続いて2回連続の観艦式参加となります。

就役式典には、あの不肖・宮嶋氏が参加し、氏はこの艇の名誉乗組員となっています。当時、宮嶋氏は艇尾に記された「みやじま」の艇名を見て「何だか俺のフネみたいだ(笑)」とおっしゃっていましたが、言うまでもなくこの「みやじま」は「宮嶋」ではなく「宮島」で、世界遺産・厳島神社がある厳島(安芸の宮島)のことです。
この艇は新鋭艇が就役しても第1掃海隊の座を譲らず呉に居続けているのは、やはり呉(広島県)と宮島は切っても切り離せない関係だからでしょうか?掃海隊群第1掃海隊に所属し、母港はです。
受閲第6群は補給・輸送を任とする艦艇です。1隻目は補給艦「ましゅう」です。「ましゅう」型補給艦のネームシップで、2004年3月に就役しました。「ましゅう」型は、海外派遣任務において従来の補給艦では小型過ぎ、かつ能力も不十分であったことから、物資積載能力と補給能力を大きく向上させた大型補給艦です。
また高度な医療行為も可能な充実した医療施設を有しており、災害派遣時には病院船としての役割を担うことになっています。

海外派遣を念頭において造られた補給艦だけに、インド洋での補給活動へは就役後半年余りで1回目の派遣を経験し、活動終了までの5年間で4度の派遣を経験しています。また今年8月には、米太平洋艦隊が主催する「パシフィックパートナーシップ2015」にも参加しています。護衛艦隊第1海上補給隊に所属し、母港は舞鶴です。
第6群最後は輸送艦「おおすみ」です。海自で初めて全通甲板を採用した「おおすみ」型輸送艦のネームシップで、1998年3月に就役しました。乗組員が登舷礼を行っている甲板上には様々な陸自車両が留置されており、この艦が離島奪還等の陸自との統合作戦で中心的な役割を担う艦であることのアピールのようでもあります。

去年、瀬戸内海岩国沖で漁船と衝突事故を起こしましたが、「あたご」の事故とは異なり漁船側に非があることが明らかになって雨あられの報道は尻すぼみし、「おおすみ」は“謹慎”を喰らうことなく観艦式に参加しています。「あたご」の時にはヒステリックなまでの報道を展開した新聞・テレビも、自衛艦側に非がないとなると途端にトーンダウンするその姿勢に、元記者としてはムカつくやら呆れるやらです。護衛艦隊第1輸送隊に所属し、母港はです。
受閲第7群は海のスクランブラ―・ミサイル艇です。先頭は「おおたか」です。1999年の能登半島沖不審船事件を契機に整備された「はやぶさ」型ミサイル艇の3番艇で、2003年3月に就役しました。
最大速力44ノットの高速を誇り、かつ76ミリ速射砲や90式対艦ミサイルなど強力な水上打撃力も有しています。
このタイプは現在6隻が就役していますが、大湊・舞鶴・佐世保と、すべて日本海側の基地に配備されており、日本海を渡って領海に侵入して来る不審船に対して睨みを効かせています。

今回、9年前の2006年観艦式以来のミサイル艇3隻参加が実現しましたが、参加している「おおたか」「くまたか」「しらたか」という顔ぶれは、奇しくもその2006年観艦式と同じ顔ぶれです。
佐世保地方隊第3ミサイル艇隊に所属し、母港は佐世保です。
第7群2隻目は「くまたか」です。「はやぶさ」型ミサイル艇の4番艇で2003年3月に就役、「おおたか」とは同じ日・同じ造船所(三菱重工下関)で就役した“双子の姉妹”という関係にあります。
この双子ちゃん、当初は仲良く新編された佐世保の第3ミサイル艇隊に所属していましたが、「くまたか」は2008年に余市の第1ミサイル艇隊に“転勤”になってしまいました。北の余市と西の佐世保、遥か遠く離れてしまった姉妹が観艦式で久しぶりに再会していると考えると、何だか胸が熱くなってしまいます…。

ちなみに「おおたか」と「くまたか」によって新編された第3ミサイル艇隊には翌年「しらたか」が加わりました。今回参加している3隻は、2004〜2008年の第3ミサイル艇隊の再現ということにもなります。
大湊地方隊第1ミサイル艇隊に所属し、母港は余市です。
第7群最後は「しらたか」です。「はやぶさ」型ミサイル艇の6番艇(最終艇)で、2004年3月に就役しました。3年前の前回に続いて2回連続しての観艦式参加になります。就役以来ずっと佐世保を母港としており、九州在住の私にとっては艦艇公開でよく出会う子です。

「しらたか」という名前は旧海軍を含めて3代目になりますが、先代に少し異色な艦がいます。先代は1929(昭和4)年に就役した帝国海軍初の急設網艦「白鷹」で、この艦は港湾への敵潜水艦の侵入を防ぐための急設網を敷設するのを任としていました。また機雷を敷設する敷設艦の機能も有していました。残念ながら、本来の用途ではない船団護衛に使用され1944年に戦没していますが、先代も今もユニークな存在のフネであることに興味をそそられます。
佐世保地方隊第3ミサイル艇隊に所属し、母港は佐世保です。
第7群に続いては祝賀航行部隊です。5ヶ国の海軍から6隻の艦艇が観艦式の開催を祝って航行し、同時に観閲を受けます。
6隻の海外艦を先導するのはDD「いかづち」です。「むらさめ」型DDの7番艦で、2001年3月に就役しました。「いかづち(雷)」という艦名は旧海軍を含めて4代目で、その全ての代において、同じ雷を意味する「いなづま(電)」と姉妹の関係にあります。ただ4代目のみは、「いかづち」の方が妹になるという逆転現象が起きています。

先導艦(「むらさめ」)と祝賀航行部隊先導艦(「いかづち」)が両方とも「むらさめ」型DDが務め、さらに受閲部隊の2隻(「きりさめ」「さみだれ」)を含めると4隻もの「むらさめ」型が今観艦式に参加しているのは、護衛艦部隊の中核艦らしいさすがの顔ぶれといえます。
第1護衛隊群第1護衛隊に所属し、母港は横須賀です。
海外艦の1隻目は、最近は日本の“準同盟国”とさえ言えるほど親しい関係にあるオーストラリアから。
オーストラリア海軍フリゲート艦「スチュアート」です。「アンザック」級フリゲート艦の4番艦で、2002年8月に就役しました。何となく武骨でいかつい外観なのは、ドイツ海軍のフリゲート艦の設計を流用したためです。オーストラリア海軍では8隻が就役していますが、ニュージーランド海軍でも運用されており、2隻が就役しています。

同じ海軍艦艇でも、船体の塗装が海自とは随分異なります。『軍艦の色はその国の水平線の色』と言われますが、オーストラリアのエメラルドグリーンの海にはこの塗装がよく溶け込み、海自のような濃いネズミ色では逆に目立ってしまうのだと思われます。海自の自衛艦隊司令官に相当する豪艦隊司令官が座乗しています。
続いては遥々ヨーロッパから。フランス海軍のフリゲート艦「ヴァンデミエール」です「フロレアル」級フリゲート艦の5番艦で、1993年10月に就役しました。艦名の「ヴァンデミエール」はフランス革命暦の葡萄月(9月下旬〜10月下旬)に由来します。
多国間演習や親善訪問等で結構な頻度で東アジア方面に来訪しており、2007年には来日して横須賀・仙台・稚内を訪問、2012年には九州北西海域にて海自・米海軍と親善訓練を行っています。

甲板上では乗組員が登舷礼を行って、「くらま」に座乗する観閲官に対して最大の敬意を払っています。国は違えど艦で行う儀礼は万国共通であることが、海を舞台とする海軍の素晴らしい点です。
また、参加各艦のマストには自国の国旗と一緒に日の丸も掲げてくれています。こういった心遣いもとても嬉しくなります♪
3隻目は、近年目覚ましく発展する理数系の国・インドから。インド海軍のフリゲート艦「サヒャディ」です。「シヴァリク」級フリゲート艦の3番艦で、2012年7月に就役したインド海軍で最新鋭のフリゲート艦です。このクラスの艦名はインドにある丘の名前から命名されており、「サヒャディ」も有名かつ由緒ある丘の名前だと思われます。

基準排水量4600t全長142.5mですから、海自の「むらさめ」型DDに匹敵する艦ですが、乗組員数は257人と、「むらさめ」型DDよりも100人以上も多くなっています。「むらさめ」型DDほど省力化が進んでいないのか、はたまた何か別の理由があるのでしょうか?
ご覧のとおり、船体の大半がシールドで覆われたステルス性重視の艦容となっています。最先端の艦艇デザインですが、軍艦らしい武骨さは影を潜めています。海自艦も今後こうなるのでしょうか…。
4隻目は意外や意外、韓国です。韓国海軍の駆逐艦「大祚栄(テ・ジョヨン)」です。「李舜臣」級駆逐艦の2番艦で、2005年6月に就役しました。旭日旗を忌み嫌う国の艦艇が旭日旗だらけの観艦式に参加しているのですから、これはもう笑い話を通り越して奇跡です。

実際、日韓関係がかつてないほど険悪化している現状において韓国海軍艦艇の参加は冗談抜きで奇跡であり、韓国海軍に対して心からの賛辞を贈りたいと思います。
海幕担当者も「参加は絶対無理」と思っていたものの、同じ西側陣営に属する隣国を無視する訳にもいかず、ダメ元で声を掛けたらしいのですが、予想に反して「参加する」との返答が来て結構慌てたというのが実情です。政治状況がどうであれ、海軍同士は気心が知れあう「Navy to Navy」の関係は本当に素晴らしいです。
最後の2隻は同盟国・アメリカから。我が海自の良きパートナー・アメリカ海軍の登場です。1隻目はイージス巡洋艦「チャンセラーズヴィル」です。「タイコンデロガ」級ミサイル巡洋艦の16番艦で、1989年11月に就役しました。艦名は南北戦争における「チャンセラーズヴィルの戦い」から命名されています。
2008年に横須賀を離れてサンディエゴを母港としていましたが、昨年ミサイル防衛能力を付与され、米政権のアジア重視戦略(リバランス)の一環で、今年6月に横須賀に再配備されました。この艦の配備により、我が国のミサイル防衛はより一層充実しました。

「タイコンデロガ」級は実に27隻もの同型艦が建造されましたが、建造期間が11年にも渡ったために5つのタイプに分かれ、またミサイル防衛に対応できない初期の5隻が既に退役しています。
祝賀航行部隊最後は、イージス駆逐艦「マスティン」です。「アーレイ・バーク」級ミサイル駆逐艦の39番艦で2003年7月に就役、2006年から横須賀を母港としています。この「マスティン」には第3艦隊司令官・ノラ タイソン中将が座乗しています。過去の観艦式に第7艦隊司令官が参加したことはありますが、今回参加しているのは東太平洋を担当する第3艦隊司令官という点が極めて重要です。

これは日本周辺有事の際には、米海軍は第7艦隊だけでなく第3艦隊も一緒になって事にあたる、言い換えれば、太平洋艦隊全体で日本に加勢するという“中華な大国”に対する強烈なメッセージ(=警告)であると私は考えます。「戦争法案」と誤解されている安保関連法案ですが、法案が成立して日米同盟が強化されたからこそ米国はこのようなメッセージを発してくれるのですまさに抑止力!
祝賀航行部隊を含む受閲艦艇部隊全27隻への観閲が終了しました。観艦式はこれより航空部隊への観閲に移ります。
その間に我が「とね」が属する観閲付属部隊は一つの大仕事を行います。航空部隊への観閲終了後に観閲部隊各艦が反転するためのスペースを設けるのです。観閲時は800ヤードの間隔で航行していましたが、この間隔で反転すると観閲部隊の艦が付属部隊の艦に衝突する恐れがあることから、左に舵を切って観閲部隊とは1500ヤードの距離まで離れるのです。

午後12時21分、前を航行する「あすか」と「あぶくま」が転舵、我が「とね」もそれに続いて転舵します。こうして付属部隊が観閲部隊から離れつつある間に、東の方角から航空機の飛来する音が聞こえてきました。航空部隊への観閲、反転そして展示へと続きます。

対潜爆弾やIRフレア・潜水艦の浮上など、きょうは訓練展示が割と良く見えた「展示・帰投編」に続く…