呉地方隊展示訓練 in 大阪湾

大型の台風が接近するなか大阪湾で実施される呉地方隊の展示訓練に遠征しました。
台風の進路が逸れるという奇跡を信じつつ艦艇の撮影に走る私。その結末はいかに…

お盆間近な8月8日、私は神戸にいます。翌9日と明後日の10日には大阪湾で呉地方隊の展示訓練が実施されることになっており、本日はそれに先立って参加艦艇の一般公開が実施されているのです。

心配なことに、西日本に台風11号が接近しつつあります。しかも、展示訓練当日の9日・10日に関西地方に最接近する最悪な進路をとっているではありませんか。「展示訓練は中止か…?」と考え、遠征を中止しようかとも考えましたが、台風の進路が逸れたり速度が変わる可能性がゼロではありません。わずかな奇跡を信じて神戸へと乗り込んだ次第です。
新神戸駅に着いた際には晴天が広がっていたのですが、阪神基地隊に着いた頃には不気味な雲が空を覆い始めていました

神戸市上空を覆いつつある雲は、明らかに通常の雲とは異なる雰囲気で、台風の影響が当地に及びつつあることを感じさせます。天候への不安は募る一方なのですが、目の前に艦艇が並んでいると、そんな不安は何処にやら。いつの間にか艦艇の撮影に没頭してしまうのでした。 明日の天気よりも目の前の艦が大切なのです!

まずは訓練支援艦「てんりゅう」に乗艦します。この艦は意外にも、これまで乗艦して見学・撮影する機会に恵まれなかった艦なのでこれはチャンスです。早くも神戸まで来たご利益が現れました。並んで係留されているDE「あぶくま」は、明後日(10日)の展示訓練で乗艦する予定の艦です。ちなみに、大雨で中止になった去年の展示訓練でも、私はこの「あぶくま」に乗る予定でした。
うゎ、何か嫌~な予感がする…(汗)

「てんりゅう」の後部上甲板には、訓練支援艦の象徴ともいえる2種類の高速標的機が並んでいます。手前がMQM-74チャカⅢ、奥がBQM-34AJ改(ファイアー・ビー改)です。双方とも敵艦からの対艦ミサイルに見立てられ速射砲や艦対空ミサイルの標的として使用されますが、チャカⅢはそれ自体が標的となるのに対し、ファイアー・ビーは標的機を曳くための標的曳航機です。ちなみに、ファイアー・ビーは私の愛車と同じ富士重工製、チャカⅢは会社のパソコンと同じ日本電気製です。

昨今の過熱気味な海自人気もあって、艦艇知識をあまり持たない方々も多数見学に訪れているようで、この標的機をミサイルだと勘違いして大喜びしている人がちらほら…(苦笑)

「てんりゅう」の艦橋です。実は私、「てんりゅう」の艦橋に足を踏み入れるのは今回が初めてなのです。まさに絶好のチャンス…なのですが、艦橋内には見学者が溢れ返っていて、撮影しても人しか写りません…(涙) 少し粘って見学者がやや減ったタイミングを見計らって撮影を敢行したのですが、それでも見学者が写り込むのは避けられません。艦橋全体を見渡す画(いわゆる引きの画)を撮るなんてほぼ不可能です。自分勝手かもしれませんが、このように艦橋の撮影に支障をきたす時に過熱気味の海自人気を恨めしく感じます

「てんりゅう」は訓練支援艦という特異な用途の艦ですが、主に艦の航行を司る役割の艦橋は、通常の護衛艦とほとんど変わりません。これはイージス艦にも言える事でもありますが…。

夏休み期間中ということもあって、見学者の中には小学生の姿が目立ちます。今回の「てんりゅう」見学が、この子たちが将来、海自幹部・隊員を目指すきっかけになればいいなと思います。
ただ、手前の少年が、動かないよう固定している操舵輪を強引に回そうとしているのを目にした時には、後ろから蹴飛ばしたい衝動に駆られました…(笑) よい子の皆さん、艦の操舵輪は停泊中に回すと故障の原因になるので、無理に回しちゃダメですよ!
時を同じくして、ジャイロコンパスの前に立つ幹部の方も少年を睨み付けています。私と同じ気持ちだったに違いありません(笑)

「てんりゅう」の就役は2000年3月。今年で艦齢14年なのですが、艦橋内部は新造艦と思えるほどの美しさ。見事なまでのお手入れぶりです。日ごろから丹念に整備を行っている賜物といえます。

前部上甲板には76ミリ速射砲が装備されています。「訓練支援艦なのになぜ主砲があるの?」と疑問に思いませんか?どこぞのマニア向け雑誌が「有事には改造され護衛艦になる」とか言いそうですが、そうではありません。搭載している標的機の試験や動作確認他艦との訓練時の支援射撃、さらには乗り組んでいる砲雷科員の訓練・練度維持など、様々な理由から主砲が搭載されています。

艦橋構造物の形状も特徴的で、ウイングの一部にまで艦橋が張り出しています。よって艦橋構造物は上部の幅が広く、下部の幅が狭いT字状となっています。この構造は、上甲板の通路の幅を確保しつつ艦橋スペースを広くとるための措置です。同じ訓練支援艦でも前タイプの「くろべ」は通常の形をしています。

基地南側の岸壁には潜水艦がいます。4月に大分地本のご厚意で艦内を見学した練習潜水艦「ふゆしお」です。
艦上に大勢の人の姿が見えますが、見学者は船体の上まで立ち入ることが許可されているのです。このご時世に見学者が艦上まで立ち入れるのはとても異例です。さすがに艦内への立ち入りは無理でしたが、皆さん艦内に降りるハッチを覗きこんで、ほんの一部ではありますが、潜水艦艦内の雰囲気を味わっていました。

この「ふゆしお」は今年度末に退役する予定です。展示訓練が実施されればこの「ふゆしお」も参加するはずなので、海上を航行する優雅な姿を撮影する最後のチャンスとなりそうです。これは何としても、台風さんには進路を逸れてもらうしかありません。神様、マニアのささやかな願いを叶えてください!お願いします!!

阪神基地隊での撮影を終え、次に足を運んだのは神戸ポートターミナル。ここの岸壁にはDD「てるづき」が接岸しています。本日の一般公開で最も撮影したかった艦が、この「てるづき」です。
「あきづき」型DD2番艦で去年3月に就役、母港は横須賀ですが、今回の呉地方隊展示訓練に参加してくれています。

「あきづき」型の4隻は、ミサイル防衛従事中のイージス艦の防護という任務を背負っているため、「こんごう」型DDGと同じく横須賀と佐世保・舞鶴に配備されていて、呉への配備艦はありません。
1番艦「あきづき」はおととしの観艦式で存分に撮影しましたが、2番艦以下は本格的な撮影機会はまだ訪れていません。今回の展示訓練、この「てるづき」を撮ることが主目的と言っても過言ではありません。やはり台風さんには逸れてもらうしかありません

艦中央部をクローズアップ。ステルス対策のために艦橋まわりから第1煙突付近までシールドで覆われているのが分かります。
一方、第2煙突の周囲は予算不足のためにシールドで覆われていません。「あきづき」型の最初に公表された完成予想図では艦全体がシールドで覆われていて、それと比べるとかなり後退したデザインとなってしまっています。私個人としては、他国海軍で既にあるような艦全体をシールドで覆った姿は好きではないので、「あきづき」型はこの姿でいいと思います。

デビュー時にはかなり奇異に感じられた「あきづき」型のデザインですが、見慣れたためか、精悍さや優雅さすら感じるようになりました。ただ、艦橋上部のFCS‐3Aレーダーは、いつまで経っても額に貼られた絆創膏にしか見えません(笑)

上記2枚の画像を撮影した場所は、神戸ポートターミナルのテラスです。位置関係は←のような感じ。
私は過去にここで「いせ」や「きりしま」「いかづち」「さざなみ」等を撮影した経験がありますが、神戸の山並みや市街地、またはポートアイランドの建物群や神戸大橋を背景に、神戸の景色と艦艇がマッチしたとても素敵な画が撮れます。私にとっては、全国各地にある艦艇撮影ポイントのうちで一番お気に入りの場所です。

絶好の撮影ポイント、なおかつ停泊しているのが最新鋭艦とあって、平日にも関わらず大勢の人がこのテラスから撮影をしています。その殆どが一眼レフを手にしたマニア風の人たち。皆さん考えることは同じようです。そんな人たちの中に、2週間前の舞鶴展示訓練でご一緒した晴嵐さんがいました。おぉ、何という偶然!

午後1時、一般公開が始まりました。その時を待ちわびていたマニアの方々が雪崩を打って「てるづき」へ。私も雪崩の一部となって乗艦します。見学ルートの最初はヘリコプター甲板です。

対潜ヘリSH‐60Kが駐機されていますが、尾翼をよく見ると「23」の文字が…舞鶴の第23航空隊所属機です。横須賀の「てるづき」が23航空隊のヘリを乗せるなんて妙だなぁと思ったのですが、案内役のヘリパイロットは第21航空隊(館山)の識別帽を被っているではありませんか。おやおや…?
パイロットにはひっきりなしに見学者が取りついていて話を聞けなかったのですが、恐らくこの機体は23航空隊からの転属機で、マーキングの修正が間に合っていない状態だと思われます。もしくは、一定期間だけ23航空隊から借用しているのかもしれません。

「てるづき」の艦橋です。先ほどの「てんりゅう」同様、いやそれ以上に、見学者でごった返しています。
↑の画像は艦橋前部の全体像を捉えようとした画なのですが、奇跡的に人波が途切れたのでシャッターを押そうとした瞬間、見学者がフレームインして来ました…ああ、残念…(涙)

艦艇は国民全員の財産です。なので、撮影者が他の見学者に「そこをどけ!」などとは決して言ってはいけません。私は今年に入り何度か「どけ!」と言われたことがありますが…。
一方で、私は移動時には周囲に注意を払い近くでカメラを構えている人がいれば、その前に入り込むことは避けるようにしています。海自人気が高まり見学者が艦上・艦内に溢れかえる昨今、こういった配慮が個々に求められるのではないでしょうか

艦橋中央部にある航海用機器です。手前は航海用レーダー、その奥は操舵輪を備えた操舵装置です。幸いなことに、ここでは操舵輪を強引に回そうとする少年はいません。よかった…(笑)

最新鋭の護衛艦ですから航海用機器も最新の物が装備されている…と言いたいところですが、最新の機能が盛り込まれた一方で、予算縮減により直近に建造された「いせ」「ひゅうが」よりも簡略化された機能もいくつかあります。船体を覆うシールドだけでなく、ここにも国家の財政難が色濃く影を落としています。奥では女性隊員が見学者を案内する艦内放送を行っています。もちろん、この隊員は「てるづき」の乗組員で、「あきづき」型は全乗組員200名のうち15名程度が女性隊員となっています。

艦長席です。赤青のカバーが掛けられたこの席は艦長の象徴でもあり、マニアにとっては最も心が躍る装備品でもあります。
民間人特権で見学者は座って記念撮影をすることが可能なのですが、艦長職という重責を知る者としては、いくら特権だからいっても畏れ多くて座ることはできません。案内役の隊員さんに「座ってもいいですよ」と勧められましたが、丁重に辞退いたしました。

この艦長席、座布団と背もたれが一体化したクッションが装着されている点にご注目。最近の艦長席は艦長が眠くならないように(?)堅い仕様となっており、人によってはクッションを必要とするのかもしれませんね。ちなみに私は腰痛持ちなので、もし新鋭艦の艦長だったらこのようなクッションが絶対に必要です(笑)

艦橋内の混雑ぶりがどんな感じかというと…こんな状況でした。「てんりゅう」と同じく大勢の子供たちが訪れていて、最新鋭の護衛艦も子供たちにかかっては“遊園地”と化すことを余儀なくされたのでした。まさに“てるづき遊園地”ですなぁ。

ただこの混雑ぶりには理由があって、艦橋が狭いために混雑に拍車がかかっているという点も否めません。
「あきづき」型の艦橋構造物は従来のDDよりも大型化しているのになぜ?と疑問に感じる人も多いと思います。「あきづき」型は艦橋上部にFCS‐3Aレーダーを搭載したために艦橋構造物の重心が上昇、安定化を図るために幅を拡げたのですが、風圧側面積を減らすために「なみ」型よりも前後方向は2m短縮されました。そのためスペース(特に前後方向)に余裕がなくなってしまったのです。

艦橋からラッタルを降りて出口へ向かう途中、幹部私室がある区画にマニア心をくすぐる装備品がありました。三代の「てるづき(照月)」が並んだイラストです。上から帝国海軍の駆逐艦「照月」、初代の護衛艦「てるづき」、そして現「てるづき」です。

駆逐艦「照月」(2700t)は「秋月」型防空駆逐艦の2番艦で、1942年8月に就役。就役直後から空母直衛艦として奮戦しましたが、ガダルカナル島への鼠輸送の途中で米軍機と魚雷艇による攻撃を受けて戦没しています。「秋月」型最初の喪失艦となりました。
一方、初代の護衛艦「てるづき」は、米国との相互防衛援助協定に基づく域外調達で建造され、1960年に就役。一旦は米海軍艦艇として就役し、すぐさま米国から海自に貸与されました。33年もの長きに渡って海上防衛に携わり、1993年に退役しました。

前甲板にある主砲、「あきづき」型では127ミリ単装砲Mk45 Mod4が装備されています。「あたご」型と同じ砲ですが、「あきづき」型ではこの砲を額の絆創膏 FCS‐3Aレーダーで管制します。

前タイプ「なみ」型のOTOメララ製127ミリ単装速射砲が対空用性能を重視して毎分40発の発射速度を持つのに対し、このMk45 Mod4は水上・対地支援射撃を重視しているため、発射速度は毎分20発とかなり少なくなっています。
一方で砲身長は1m以上長いため、弾着精度が大きく向上しています。見た目で分かる通り、シールドはステルス性に優れた形状で、しかも軽量。砲塔内は無人化された完全自動砲です。
主砲の後方には、アスロックとシー・スパロー兼用の垂直発射装置(Mk41VLS)があります。セル数は「なみ」型と同じ32セルです。

ポートターミナルを離れ、新港第4突堤(ポートターミナルがある岸壁)とポートアイランドを結ぶ神戸大橋へ。神戸大橋の歩道からも、神戸の街並みを背景にした素敵な画を撮ることができます。「てるづき」がお尻を向けているのが少し残念ですが…。
岸壁上にある建物がポートターミナルで、3階部分の人が集まっている場所が、先ほどご紹介したテラスです。

格納庫上に設けられたFCS‐3Aレーダー用の巨大な構造物が目を引きます。この構造物も「あきづき」型の大きな特徴です。後部構造物にはFCS-3Aレーダーのほか、20ミリCIWSインマルサット衛星通信用アンテナが備え付けられています。「あきづき」には、それらに加えて対米衛星通信用アンテナもありますが、なぜか「てるづき」は、就役以来それが取り付けられていません。

ポートターミナルでの撮影を終え、3ヶ所目となる撮影地は大阪市天保山岸壁です。ここには2隻の艦艇が入港しています。
最初にご紹介するのは輸送艦「しもきた」、昨年9月の八戸マリンフェスタ以来の再会です。ここでも一般公開を実施しており、桟橋を登って「しもきた」に乗艦している人の姿が見えます。

ところで、このレポをお読みの人の中には、私が阪神基地隊→ポートターミナル→天保山と、かなり離れた場所を縦横無尽に駆け巡っているのを疑問に感じる人も多いと思います。実は、当HPの掲示板や過去のレポでもお馴染みのけろさんが、今回も私をバイクに乗せて各撮影地点へ案内してくれたのです。この日、阪神基地隊・ポートターミナル・天保山で撮影をされた方、二人乗りで爆走する青い大型バイクを見ませんでしたか?

天保山に寄港しているもう一隻はDD「さみだれ」です。
この艦でも一般公開を実施しているのですが、終了時刻が迫っているためか甲板上にいる見学者は僅かです。ポートターミナルで撮影した「てるづき」と比べると、全体的にスッキリしたデザインに見えてしまいます「てるづき」がコッテリし過ぎなんですけどね…。

奥に見える橋は阪神高速湾岸線天保山大橋で、先刻あの橋をバイクで爆走してこの岸壁に到着しました。橋の上は台風による強風が吹き抜けていて、走行中にバイクごと吹き飛ばされそうになり肝を冷やしました…(汗) 怖いのなんのってもう…。
橋の奥には、ユニバーサルスタジオ・ジャパンがあります。かつて日立造船桜島工場があった場所で、終戦後に復員輸送に従事した空母「鳳翔」「葛城」を解体した場所として知られています。

「しもきた」を高所から俯瞰したこの画像は、岸壁そばにある観覧車のゴンドラ内から撮影しました。天保山岸壁に来たら、ショッピングモールのテラス→大観覧車→渡船(待ち時間の間に天保山登山)というコースがお決まりになりつつあります。ちなみに、3年前の展示訓練でも同じコースで「いせ」を撮影しました。

この岸壁の名前の由来となった天保山は、岸壁に隣接する公園の中にある人口の山(築山」)で高さは4m日本で2番目に低い山です(今年4月までは日本一)。高さ4mといってあなどってはいけません。希望者には山岳会から登山証明書が発行され、山岳救助隊も組織されているれっきとした山なのです。一見、海に面した公園にしか見えないこの山で救助要請があるかどうかは微妙ですが…。皆さんも、撮影のついでにぜひ足をお運びください。

お決まりコースの最後は渡船からの海上撮影です。大観覧車を背景に「さみだれ」がいい感じに佇んでいます。
天保山渡船は大阪市が運営する8つの公営渡船のひとつで、天保山と対岸の此花区桜島間に30分に一本の頻度で運航しています。天保山岸壁に停泊した艦船を撮影するにはとても便利な存在なのですが、問題なのは撮影可能時間が短いこと。対岸までの所要時間はわずか3分、往復しても6分しかありません。あっという間に終わる撮影チャンスをものにする集中力が必要です。

「さみだれ」は過去に何度も撮影していますが、海上を航行する姿を撮影する機会はありませんでした。やはり、何としても台風さんには逸れてもらうしかないのですが、そんな私の想いをあざ笑うかのように雲は厚くなり、風も強くなる一方です。うわぁ…。

渡船の次は今回初めての撮影ポイント、天保山の対岸から見た「さみだれ」と「しもきた」です。この場所を3枚上↑の画像で説明すると、天保山大橋の橋脚がある辺りです。
道路から外れ、斜面をよじ登り、藪を掻き分けて進んだ先にある場所で、到達するには多少の困難を伴いますが、有名な撮影スポットらしく、私たち以外にも撮影に来ている人がいました。
こうして見ると、観覧車の巨大さが目立ちますね。「しもきた」の背後にあるカラフルな建物は水族館「海遊館」です。

天保山と対岸の此花区桜島は、渡船だと僅か3分の距離ですが、陸路を車で行くと20分もかかり、途中には渋滞の激しい箇所があるため、下手をすると30分以上の所要時間がかかります。21世紀の現代に渡船が残っている理由がよく分かりました

此花区桜島での撮影を終え、「てるづき」を撮影するために再び神戸へ。この機動力、けろさんのバイクのお陰です。感謝感謝!
今回はポートターミナルからではなく、対岸のポートアイランドにあるポートアイランド北公園からの撮影です。この場所から、幻想的な「てるづき」の電灯艦飾を狙うのです。
現在、時刻は午後6時40分。午後6時55分の日没とともに自衛艦旗が降納され、午後7時に電灯艦飾が灯されます

この頃になると、台風の接近に伴って猛烈な横風が吹き始めました。台風に逸れて欲しいという願いとはうらはらに、事態が最悪な方向に向かいつつあることを感じざるを得ません。この時、映画「八甲田山」で有名になったあのセリフが私の口を衝きました。
「天は我を見放したか…」

午後7時ちょうど。「電灯艦飾てぇーっ!」という艦内アナウンスとともに艦飾に灯が入りました。「てるづき」が昼間の力強い姿から、夜用の幻想的な姿へと佇まいを変えたのです。ブラボー♪
とまぁ、ここまでは良かったのですが、時を同じくして猛烈な雨も降り始めました。先ほどからの風は強さをいっそう増し、それに伴って海は激しく波立ち雨は横殴りの状態で私に襲いかかります。どう考えても、外出なんてしてはいけない気象状況です。

意外や意外、このような天候にも関わらず、この場所には私とけろさん以外にも、電灯艦飾を狙うマニアが5、6人いるのです。悪条件の下で撮影を敢行するうちに仲間意識が芽生え、撮影を終えた際には「気を付けてお帰りください」「また何処かでお会いしましょう」などと声を掛け合い、互いの“健闘”を称え合いました

横殴りの雨に濡れ、波しぶきを浴びながらも「てるづき」の電灯艦飾を写真に収めました。(一応、雨合羽は着用していました)
「ミッション成功!」と悦に浸っていたまさにその時、ポケットの中の携帯電話が鳴りました。電話をかけてきたのは、明日和歌山港から一緒に「ちはや」に乗艦する予定のSASのKさん。Kさんの言葉は、私を失意の底へ突き落とすに十分でした。
「残念ながら展示訓練は2日間とも中止になりました」

奇跡を信じて神戸・大阪に遠征した私でしたが、奇跡は起きなかったのです。全身の力が抜けた私、へなへなと座り込んだまましばらくの間動くことができませんでした。まさに茫然自失。
雨にけむりながら輝く「てるづき」、その姿が滲んで見えたのは、単に雨が目に入ったからではありませんでした…

2年連続で全日程が荒天中止となった呉地方隊展示訓練、総監部全職員でお祓いを受けることをお勧めします。