2019年10月 横須賀遠征 (2019自衛隊観艦式)

4年ぶりの観艦式は台風19号の襲来によって12、13日の事前公開の中止が決定。
14日の式本番の実施に一縷の望みを抱いて台風の直撃間違いなしの東京へ…。


時おり小雨が降る10月11日の夕方、私は東京都北区にある十条駐屯地を訪ねています。海自マニアの私が駐屯地を訪問するというのは珍しいと思うかもしれませんが、この十条駐屯地は単なる陸上自衛隊の駐屯地ではなく、陸海空三自衛隊の補給中枢機関が所在しているのです。もちろん、私が訪ねるのは海自の補給総本山=海上自衛隊補給本部です。

今回私は1週間の長期休暇を取得して上京しているのですが、元々は4年ぶりの開催となる自衛隊観艦式に乗艦取材をするために取得した休暇でした。観艦式は12日(事前公開①)、13日(事前公開②)、14日(本番日)の日程で開催される予定で、私は12日と13日の乗艦券を入手していたのですが、超大型の台風19号の接近によって12日分と13日分が中止になることが3日前(10月8日)に発表されました。苦労して乗艦券を入手したのに中止という想定外の事態に直面し泣くに泣けない私、せめて横須賀に集結した艦艇を撮影しようと当初の予定通り上京し、そして今、ある人物にお会いするために十条駐屯地を訪ねたのです。

十条駐屯地には陸海空三自衛隊の補給中枢機関が所在していますが、陸と海空では名称が異なります。海自と空自は補給本部ですが、陸自は補給統制本部という名称となっています。門から駐屯地内に入ると、だだっ広い芝生広場に面して白亜の建物が整然と並んでいます。奥の二つの建物が陸自補給統制本部、手前の二つが空自補給本部、そして画像には写っていませんが、空自よりもさらに手前に海自補給本部の建物があります。補給に関わる後方部隊ではありますが、総本山だけにピンとした空気が漂っています

海自の補給本部は1957(昭和32)年に需給統制隊として発足、六本木・市ヶ谷を経て1997(平成9)年にここ十条に移転してきました。そして、翌年に実施された組織改編で需給統制隊は補給本部となり今日に至っています。海自の補給・後方支援に関する企画・調整・指導を実施する中枢機関で、隷下組織として艦船補給処(横須賀市)と航空補給処(木更津市)を有しています。

私が補給本部を訪れた理由は、8月下旬に海将に昇任して補給本部長に就いた伊藤海将にお会いするためでした。伊藤海将とは統幕防衛計画部副部長時代に市ヶ谷でお会いして以来、2年半ぶりの再会となります。お会いできて感激です!
伊藤本部長はおととし8月に内閣官房に出向し、国家安全保障局内閣審議官を2年余り務めました。国家安全保障局は中長期的な外交・防衛政策の立案や緊急時における政策提言等を行う我が国の安全保障の中枢であり、3人いる審議官の一人は陸海空自衛隊のとびきり優秀な将補が出向という形で充てられています。2年に及んだ激務のためか、伊藤本部長は前回お会いした時よりも随分お痩せになったように見えます。一方、私はこの2年間で体重がさらに増加し、精悍な伊藤本部長との差は歴然です…(苦笑)

補給本部のトップである補給本部長は経理・補給畑の幹部技術幹部が充てられることが多く、補給本部に改組後の歴代本部長15人のうち11人がそれに該当します。伊藤本部長は水上艦艇幹部ですが、戦略的な意図があっての補職なのか、はたまた偶然ポストが空いていただけなのかは分かりませんが、2009年3月の柴田海将以来、異例の「艦艇幹部の補給本部長」となりました。

翌12日は本来ならば観艦式初日(事前公開①)の実施日なのですが、台風19号の接近&関東上陸によって、私は宿泊先のホテル(都内)から一歩も出ることができない“缶詰状態”を余儀なくされました。ホテルの部屋でNHKの台風情報を眺めながら大量に持参した文庫本の読み漁るという、いったい東京に何をしに来たのかよく分からない状況となってしまいました…(涙)

↑のテレビ画面は、台風19号が東京に最接近した午後6時過ぎのNHKの台風特番なのですが、画面上に映し出される衝撃的な映像やスーパー表示される様々な情報が、この台風が深刻な被害をもたらす未曽有の強さであること窺わせます。この頃になると、窓に叩き付けられる雨の音が凄まじく、加えて暴風によってホテルの建物自体が時折ゆらゆらと揺れています。何だ、この台風…。
1度だけ尋常じゃないほど建物が揺れて驚いたのですが、さすがにそれは台風でなく、千葉県沖の太平洋を震源とする震度3の地震でした。超強力な台風の直撃と突然の地震発生、東京はまさに断末魔の惨状を呈しています。

台風19号は深夜に東北沖の太平洋に抜け、翌13日はまさに「台風一過」と言うべき晴天となりました。計画運休していた首都圏の鉄道も午前10時前から運転を再開し始めたので、私も撮影機材を担いで横須賀へ。ただ、列車の運転本数は通常の半分程度で、なおかつ頻繁に徐行運転を繰り返すので、いつもより倍以上の時間を要しました。止まらない・休まないで有名な京浜急行が運転本数を減らしたり徐行を繰り返しているのですから、その点からも台風19号がいかに大きな爪痕を残したのかを実感しました。

汐入駅に到着したのが正午前、そろそろ台風避泊に出た艦が帰港するのではと思いつつヴェルニー公園に向かうと、2隻の小型曳船が港内で待機しているではありませんか!間もなく潜水艦が戻って来る可能性が大です。ようやく運が向いてきたぞ♪
対岸の米軍基地エリアに「そうりゅう」型潜水艦がいます。セイルに艦番号が消された痕がありますが「510」と判別できます。今年3月に就役した最新鋭艦「しょうりゅう」です。明日の観艦式本番で広く一般にお披露目される予定なのですが…。

約30分後、予想どおり1隻の潜水艦が戻ってきました。この艦は「おやしお」型10番艦の「せとしお」です。この艦も先ほどの「しょうりゅう」と共に明日の観艦式に参加する予定です。甲板上に入港準備をする乗組員の姿が見えますが、大半が洋上迷彩が施された新しい作業服を着用しています。現場では「幹部と曹士の識別ができない」との声もありますが、確かにこれでは識別は難しそうです。

「おやしお」型は「そうりゅう」型の就役により一世代前の形式となり、1番艦「おやしお」2番艦「みちしお」は練習潜水艦に種別変更されています。とはいえ、大半の艦は潜水艦22隻体制を実現・維持するため、なおしばらくは現役にとどまる予定です。

「せとしお」の寄港と時を同じくして、曳船YTが逸見岸壁に防舷材を設置しはじめました。大型艦艇も間もなく台風避泊から戻ってくるようです。逸見岸壁に接岸する大型艦で真っ先に思い浮かぶのはDDH「いずも」です。もしかしたら「いずも」の帰港・接岸シーンが撮影できるかもしれません♪ こうして見ると、軍港でよく目にする防舷材がいかに大きいかが分かります。価格はどのくらいなのでしょうねぇ?

大型艦の寄港シーンを想像しながらワクワクしながら待っている間、スマホでTwitterを確認。するとTLに明日の観艦式本番も中止という情報が流れてきました。台風19号の被害が極めて甚大で、被災地支援に専念するというのが理由だそうです。
「明日も中止か…まぁ、明日の乗艦券は持っていないので問題ないのだけど…」などと思っていたら情報には続きが。観艦式に代わって3日間の乗艦券持参者を対象にした艦艇の特別公開を実施するとのこと。この情報を見て私は卒倒しそうになりました。というのは、出発前既に12、13日の中止が決定していたので乗艦券を自宅に置いて上京していたのです。あぁ、天は我を見放したか…。


あまりの衝撃に放心状態の私…。そんな私に構うことなく艦艇が台風避泊から続々と戻ってきました。最初に現れしはDD「むらさめ」です。本来ならば私は本日、木更津からこの「むらさめ」に乗艦して観閲部隊側から見た観艦式を取材・撮影するはずでした…(涙)
「むらさめ」は観閲付属部隊の2番艦で、他には輸送艦「しもきた」(1番艦)、DD「いかづち」(3番艦)、練習艦「せとゆき」(4番艦)が付属部隊の陣容でした。「しもきた」や「いかづち」をいいアングルで撮影できたであろうことを想像すると、つくづく中止が残念でなりません。

「むらさめ」は就役以来ずっと横須賀を母港としており、九州在住の私とはなかなか縁が無く、その意味でも観艦式事前公開②での乗艦は楽しみでした。艦齢が23年に達していますが、今後しばらくは第一線にとどまるので乗艦の機会はあるとは思いますが…。

続いてはDDG「ちょうかい」が戻ってきました。観艦式では観閲部隊の4番艦を務める予定でした。現在就役中のイージス艦6隻のうち唯一の非三菱製(=IHI製)という特異な存在ではありますが、それも来年3月の「まや」就役(JMU製)で終止符を打ちます。逆に今後は「まや」「はぐろ」というJMU(元IHI)製が増えることになるので、イージス艦=三菱製というイメージは大きく変わることになります。

4年前の前回観艦式では、直前に北の某国が弾道ミサイルを発射する兆候を示したことから参加が危ぶまれ、突然の不参加でも部隊編成に大きな影響が出ないよう、イージス艦(こんごう・きりしま・ちょうかい)は観閲部隊・観閲付属部隊双方の殿艦として参加しました。今回の観艦式にはこの「ちょうかい」のほか、「こんごう」も同じく観閲部隊の艦として参加する予定でした。


先ほどの「むらさめ」は入船で吉倉桟橋に接岸したのですが、「ちょうかい」は出船で桟橋に着けるために曳船の力を借りて向きを180度変えます。お蔭で斜め後方から迫力あるアングルで「ちょうかい」を撮影できました。個人的には「こんごう」型DDGはこの角度からの眺めが最も迫力があると思っています。マストには二つ星の海将補旗が翻っています。4護群司令が座乗しているようです。

台風避泊ですが、今回の台風19号が超大型ということで横須賀に集結していた艦艇たちは遥か大阪湾にまで逃げていました。関西の艦艇マニアがTwitterに投稿した情報によると、多数の海自艦が逃れてきた大阪湾はまるで停泊式の観艦式を実施しているような壮観な眺めだったらしいです。大阪湾での観艦式は1969(昭和44)年を最後に実施されていませんが、「50年ぶりに大阪湾で観艦式開催」という投稿には笑ってしまいました。避泊ではるばる大阪湾まで航海して戻って来た乗組員の皆様、本当にご苦労様です。

「ちょうかい」の帰港から25分後、待ちに待った艦が戻って来ました。今回の観艦式で栄えある観閲艦を務める予定だったDDH「いずも」です。就役直後だった4年前の観艦式に初参加して大きな注目を集めましたが、今回空母艦型のDDHとして初めて観閲艦の大役を任されたことで、4年前以上の注目を集めました。ただ、残念ながら観閲艦としての雄姿は幻と化してしまいましたが…。

「いずも」が観閲艦に決まったと聞いて、私は「観閲官(=内閣総理大臣)は何処に立って観閲を行うのだろう?」との疑問を抱いたのですが、どうやら艦橋の右ウイングに観閲台を置く予定だったようです。これまでの観艦式では観閲艦の左舷側を受閲部隊が反航していましたが、今回は艦橋の右ウイングに観閲官がいるので、「いずも」の右舷側を受閲部隊が反航するよう二列隊列の観閲部隊と付属部隊の位置を入れ替える予定だったとのこと。実現していれば従来とは随分雰囲気が異なる観艦式になったことでしょう。

「いずも」は逸見岸壁に接岸すべく、私がいるヴェルニー公園に向かって近づいてきます。これだけの大型艦が艦首を向けて迫って来る光景は迫力満点!シャッターを切る手にも力が入ります。公園には私以外にも多くのマニアが「いずも」の入港シーンを撮影しているのですが、今がまさにシャッターチャンスという想いは皆同じで、公園内にカメラのシャッター音が機関銃の如く鳴り響いています。

これほどまでの大型艦になると、曳船で艦の向きを変えたり岸壁に接岸させるのも大変な作業となり、曳船YTが3隻がかりで「いずも」の入港支援を行っています。支援にあたっている曳船YTは舷側が上部でせり出している空母艦型DDH用に開発されたタイプで、舷側のせり出した部分にマストが接触しないようマストの先端部分が直角に折り曲がる仕組みになっています。

「いずも」は曳船YTによって逸見岸壁へと接岸します。飛行甲板の一層下の甲板から係留用の舫が何本も出ているのが見えますが、通常の艦艇とは異なり、外が見えない閉鎖された空間での舫作業は随分な苦労がありそうです。また、舫を外に出す窓が右舷側にしかないことから、この艦の接岸は右舷側のみで、左舷側での接岸が想定されていない設計であることが分かります。

去年発表された防衛計画大綱中期防衛力整備計画で、「いずも」と「かが」は戦闘機F-35Bの搭載と発着艦を可能とするための改修工事が施されることが明記されました。事実上の空母への改装ですが、これについては私はいまひとつ納得できません
元々「いずも」型は多彩な任務に対応するための多目的護衛艦として建造した艦だったはず。もし、22DDH(いずも)の計画時に海自が「戦闘機の運用も多様な任務のひとつ」という考えを持っていたのであれば、その旨を国民に提示し、戦闘機運用能力を有する事の是非について議論を経るべきだったと私は考えます。ただ、「いずも」型の改装は安倍首相をはじめとする官邸側の意向が強く働いたようで、だとすれば、空母化が海上防衛の観点よりも国際政治の1枚のカードとしての色合いが濃いことに複雑な思いがします。

迫力満点の「いずも」の接岸は終了、逸見岸壁には先ほどまでの張り詰めた空気とは打って変わり、ホッとした空気が漂っています見る者を圧倒するほどの存在感で「いずも」は岸壁に佇んでいます。普段は「いずも・かがを見てはしゃいでいる人は初心者」などと暴言を吐いている私ですが、目の前であれほどの迫力ある接岸シーンを見せつけられると心が躍らずにはいられません笑)

スマホでAIS情報を見ると、このあとしばらくすると「こんごう」「あたご」「はたかぜ」「あさゆき」等が戻って来るようです。大人しくこのままヴェルニー公園で待っていれば大戦果が挙がるにも関わらず、「いずも」の大迫力な接岸シーンを見てしまった私の胸中には、あるスケベ心が芽生えてしまったのです。これから横浜港に行って「かが」の入港・接岸シーンを撮影しよう…

ということで、汐入駅で京急線に飛び乗り、みなとみらい線を乗り継いで横浜港・大さん橋にやって来ました。実は浦賀水道航路を管制する東京海上交通センターのHPに「かが」が午後2時30分に浦賀水道航路を通過するとの情報が掲載されていたので、約1時間後の午後3時半頃には大さん橋に接岸するのではと推察した次第です。ところが、待てども待てども「かが」は姿を現しません

午後4時を過ぎた頃、水平線に「かが」らしき艦影が浮かび上がりました。カメラを構えて臨戦態勢で待ち構えていたのですが、艦影が近づくに連れて空母艦型をしているものの「かが」ではないことに気が付きました。艦首の艦番号は「4003」、輸送艦「くにさき」です。

「くにさき」は横浜ベイブリッジの下をくぐり、私が立つ客船ターミナルに近づいてきます。「かが」ではありませんが、大分県国東市出身の私にとって「くにさき」は自分の分身のように可愛い艦です。例によって機関銃の如くシャッターを切りまくります。客船ターミナルには私を含めて数人のマニアがいたのですが、凄まじく鳴り響くシャッター音に観光客が「何事か!?」と集まってくるほどでした。

「おおすみ」型輸送艦で編成する第1輸送隊(おおすみ・しもきた・くにさき)は、自衛艦隊直轄・護衛艦隊直轄を経て2016年7月に掃海隊群に編成替えとなりました。これは同型が水陸両用戦においても、隊員や物資の揚陸などで大きな役割を果たすことが期待されているためです。水陸両用戦を担当する掃海隊群も今後は機雷掃海よりも水陸両用戦が主任務となり、掃海が可能な新型護衛艦も就役することから、掃海隊群は2~3年後を目途に部隊名の変更も含めて大きな改編が行われるのではないかと私は考えています。

残念ながら「くにさき」は大さん橋には接岸せず、対岸の瑞穂埠頭にその巨体を横付けしました。瑞穂埠頭は観艦式実施時には補給艦や輸送艦といった大型艦が集合場所として利用していますが、実は民間埠頭ではなく、戦後一貫して在日米軍の施設となっています。横田基地等の兵站拠点に送る物資の陸揚げに使用されているほか、埠頭内には海軍艦艇乗組員への軍事郵便の配達を担当する艦隊軍事郵便センターもあります。埠頭内には僅かながら日本の施設もあり、風力発電施設「ハマウイング」もそのひとつです。横浜市が運営している風力発電施設で、発電よりも風力発電のデモンストレーション的な要素が強い発電所です。

お目当ての「かが」ですが、とうとう横浜には現れませんでした。のちに知ったのですが、当初「かが」は横浜へ戻る予定でしたが、急きょ台風19号被害の支援部隊(統合任務部隊)に編入されたため、横浜に戻らずにそのまま作戦海域に直行したとのことでした。非常に残念ではありますが、「かが」と「いずも」はこのような災害派遣・被災地支援のために造られた艦でもあるので、「入港シーンを撮影できなくて残念」などという些末なことは忘れて応援すべきでしょう。頑張れ!「かが」!!

翌々日の15日、再び横須賀を訪問しました。前日の特別公開は乗艦券を持参していないため不参加でしたが、まだ艦艇を撮りたいという想いを抑えきれず、夕方の飛行機までの時間を撮影に充てた次第です。ヴェルニー公園に着いたのが午前8時、ちょうど自衛艦旗の掲揚が行われていました。朝にラッパ譜「君が代」の音色を聞くと、全身からパワーが漲ってくるような気がするから不思議です。

↑は2潜群に所属する「そうりゅう」型潜水艦と「おやしお」型潜水艦の自衛艦旗掲揚シーンですが、岸壁に乗組員が集合しているのにご注目!どうやら「おやしお」型の艦長が本日付で交代するようで、艦長交代式に備えて全乗組員が正装で整列しています。

パカパパ~ パカパパ~ パカパッパ パッパパ~♪
自衛艦旗掲揚が終わるや否や、出港ラッパの音色が響き渡りました。DDG「あたご」が出港、まさにいきなりクライマックス状態です。
後進で桟橋から離れた「あたご」は、港内で曳船YTの力を借りで180度向きを変えます。城郭にも似た重厚な佇まいに心が躍ります♪
「あたご」は観艦式では受閲部隊第2群の1番艦を務める予定でした。第2群の指揮官として3護群司令が座乗しているようで、一昨日の「ちょうかい」と同様、マストには二つ星の海将補旗が翻っています。出港した「あたご」は、これから母港・舞鶴に戻るのでしょうか?


「こんごう」型の4隻とは異なりBMD対処能力を有していなかった「あたご」型ですが、この「あたご」は2016~2017年にかけて大規模な改修工事が施されBMD対処能力(イージスBMD5.0CU)が付与されました。これによって弾道ミサイル防衛用のスタンダードSM-3ブロックⅠAとⅠBの発射能力を得ています。加えて、イージス戦闘システムはベースライン7からベースライン9Cにアップグレードされました。さらに、今後はSM-3ブロックⅡAを発射可能とするための改修も予定されるなど、引き続き能力向上が図られる予定です。

「あたご」出港後はしばらく経っても停泊艦に動きがないことから、遊覧船に乗っての海からの撮影に切り替えます。遊覧船が汐入の桟橋を出港してすぐ、イギリス海軍の艦艇が目に飛び込んできました。この艦は測量艦「エンタープライズ」です。「エンタープライズ」という艦名は米海軍の空母を連想してしまいがちですが、イギリス海軍においても誉れ高い艦名で、本艦は「エンタープライズ」の名を冠せられた14代目の艦艇となります。ちなみに測量艦という艦種は、海自でいう海洋観測艦のような存在ではないかと思います。

イギリスからはるばる日本まで来航してもらったにも関わらず、観艦式が中止になって申し訳ない気持ちで胸が痛みます…。ただ、「エンタープライズ」の方も日本で何もせずに帰国した訳ではなく、このあとDD「てるづき」と一緒に戦術訓練を実施したようです。

同じ米海軍エリアに、カナダ海軍の艦艇もいるではないですか!フリゲート艦「オタワ」です。撮影しながら、「『オタワ』もおったわ!」という典型的なオヤジギャグが口を衝いてしまいました(苦笑) カナダの首都名を冠せされたこの艦は、カナダ海軍の主力フリゲート艦「ハリファックス」級の12番艦(最終艦)です。ご覧の通り、本級は極めてユニークな艦容を有していて、ステルス性に配慮したデザインと非常に低い艦橋構造物が特徴です。低い艦橋+ユニークな艦容という点において、何となく「きり」型DDに似ている気がします。

先ほどの「エンタープライズ」とこの「オタワ」ですが、船体の塗装はかなり青味が強い灰色となっています。プラモデル用塗料でいえば呉海軍工廠色のような色です。私は常々この青味がかった灰色はすごく格好良いと感じていて、海自艦艇の船体に施しても良く似合うのではないかと思っています。ちなみに、各国海軍の船体色はその国の水平線の色ともいわれています。

遊覧船は横須賀軍港内を出て沖合へ。するとそこには、「あきづき」型DDの特徴的な姿がありました。4番艦の「ふゆづき」です。
台風19号が襲来せず、12日の事前公開①が予定通り実施されていたなら、私はこの「ふゆづき」に乗艦する予定でした
(涙) 沖合で停泊している「ふゆづき」も、「楽しみにしていたのに残念です…」と寂し気な様子で私に語り掛けているように見えます。

「ふゆづき」への乗艦が決まった直後、私は8月末に下関で撮影した「ふゆづき」の画像を眺めながら、艦のどの場所に陣取れば最も撮影しやすいかを研究しました。その結果、「ここがベストなポジション」という場所を見つけたのですが、その研究も台風のせいで徒労に終わりました。まぁ、3年後の観艦式で同型艦に乗る可能性もあるので、研究結果はその時に生かしたいと思います。

沖合に停泊しているのは「ふゆづき」だけではありません。「ありあけ」「てるづき」「しまかぜ」「うらが」、さらに米海軍の駆逐艦までいるではありませんか!これだけの艦が沖合に停泊している光景は、なかなか遭遇することはありません。早起きして横須賀に来た甲斐がありました♪ 「ふゆづき」の前方には「ありあけ」が停泊しています。今回の観艦式は「あけぼの」「ありあけ」という「むらさめ」型DDの末娘2隻が参加するのも大きな楽しみでした。共に思い出深い艦だけに、この2隻の雄姿を撮影したかったのですが…。

「あけぼの」は8番艦、「ありあけ」は9番艦で共に2002年3月に就役していますが、なぜか妹の「ありあけ」の方が姉よりも13日早く就役しています。「ありあけ」はムツゴロウで有名な有明海からの命名ではなく、「夜明け」を意味する古典的用語です。とはいえ、有明海と同じ響きの名前であることから、艦の部隊マークにはムツゴロウをあしらったキャラクターが描かれています。私が小学生の時、初めて製作したWLシリーズのキットが駆逐艦「有明」だったこと、さらに先ほど紹介した伊藤海将と最初にお会いしたのが「ありあけ」艦上であったことから、非常に思い出深く愛着がある艦でもあります。実は、部屋にも「ありあけ」のポスターを貼っています♪

新世代の海自艦といった雰囲気満載の「ふゆづき」とは異なり、「しまかぜ」は‟昭和の護衛艦”とでもいうべき武骨なシルエットが特徴です。若いマニアにとっては「はたかぜ」型DDGは昭和生まれの古い艦旧式のミサイル護衛艦というイメージでしょうけど、1986年3月の「はたかぜ」就役時には新型の大型DDGということで大きな注目を集め、当時高校2年生だった私も雑誌「丸」でその姿を見て、従来の護衛艦とは異なる近代的なシルエットに心を躍らせました。さらに2年後、「しまかぜ」の就役時には、帝国海軍一の速力とずば抜けて高い性能を誇った駆逐艦「島風」の艦名を受け継いだことに大きな衝撃を受けたことを今も鮮明に覚えています。

後部甲板上の52番砲にご注目!降ろした砲身の先に乗組員が集まっているので、砲の整備をしているようです。観艦式では2隻の「はたかぜ」型DDGの5インチ砲で祝砲が撃たれる予定だったのですが、それも幻と終わりました。「はたかぜ」「しまかぜ」共に艦齢が30年以上に達する古参艦であるだけに、3年後の次回観艦式でその姿が見られるかどうか非常に心配です。

パカパパ~ パカパパ~ パカパッパ パッパパ~♪
遊覧船が船越地区に近づいた頃、またしても威勢の良い出港ラッパの音色が聞こえました。どの艦が出港するのかと心を躍らせて前方を見たところ…おぉ、「あけぼの」が出港しているではありませんか!「あけぼの」の航行シーンを撮影したいという想いが天に通じたのか、遊覧船が船越地区に差し掛かるタイミングで「あけぼの」が船越を出港したのです。この便の遊覧船に乗って大正解です。

「あけぼの」はかつて豊洲にあったIHI東京工場で建造された最後の自衛艦です。ちなみに同工場で最初に建造された自衛艦が先代の「あけぼの」で、「むらさめ」型にも関わらず8番艦が雨とは全く関係のない「あけぼの」になったのは、この歴史的繋がりが原因ではないでしょうか?そして、9番艦には同じ「夜明け」を意味する「ありあけ」が採用されたと私は考えます。


船越を出港した「あけぼの」は私が乗る遊覧船と反航、すれ違いざまに「あけぼの」の素敵な航行シーンが撮影できました♪

そう、私は観艦式でこんな感じの艦艇の姿を撮影したかったのです!実際に観艦式が実施されていれば、このような画像を多数撮影できたのでしょうけど、いま「あけぼの」の反航シーンを撮影できたことで、僅かではありますがその願いが叶い、観艦式中止で落ち込んでいた気持ちが和らぎました。このタイミングでの出港は、遊覧船に乗船していた私のような観艦式参加予定者に対して、「あけぼの」が少しでも観艦式の雰囲気を味わってもらおうと粋な演出をしてくれたように思えてなりません。ありがとう!「あけぼの」!!


おや?珍しい子がいますねぇ。船越の岸壁に何故か敷設艦「むろと」(母港・呉)がいます。もちろん、こんな関係者以外立ち入り厳禁の艦が観艦式に参加するはずがなく、たまたまこのタイミングで横須賀に寄港しているようです。

この「むろと」や音響測定艦「ひびき」「はりま」、海洋観測艦「にちなん」「しょうなん」といった艦が受閲部隊第6群あたりを編成して観艦式に参加したら、バラエティに富んだ受閲部隊となってすごく面白いと思うのですが…一般の乗艦者無しでの参加はできないものでしょうか?近年の観艦式は護衛艦の参加が減っているので、それを補う意味でも特殊艦艇の参加は一考の価値があると思います。


観艦式に参加予定だった護衛艦は全て出港してしまったようで、船越には「むろと」のほか海洋観測艦「わかさ」掃海艇「えのしま」「ちじじま」がいるのみです。3隻とも観艦式の参加艦艇には含まれていませんでしたが、もしかすると観艦式実施海面の警備にあたる予定だったのかもしれません。実際に「わかさ」は4年前の前回は海面警備を担当し、その特異な姿を撮影することができました。

壮観かつ華やかで見る者を圧倒する観艦式ですが、実は海面警備担当艦のような裏方を担当する艦がいてはじめて成立するのです。その意味でも、彼女たちのような裏方を担当する艦にも焦点を当てて観艦式レポートを書きたかったです。

長浦埠頭には2隻のインド海軍の艦艇がいます。フリゲート艦「サヒャディ」(左)コルベット艦「キルタン」(右)です。「サヒャディ」は「シヴァリク」級フリゲート艦の3番艦で、4年前の前回観艦式にも参加した日本の艦艇ファンにはお馴染みの艦です。一方、「キルタン」は「カモルタ」級コルベット艦の3番艦で、2年前に就役したばかりの新鋭艦です。現代の海軍においては艦種の定義が非常に曖昧になっていますが、フリゲートとコルベットの違いも明確な定義はなく、単にフリゲートより小さな艦がコルベットに種別されるようです。

艦番号が艦尾に記され、また壁面にインドらしいペイントが施されているなど、インド海軍の艦艇は非常にユニークです。外国艦には全くと言っていいほど興味が湧かない私ですが、この2隻には乗艦して見学してみたくなりました

新井掘割水路を通過して、遊覧船は吉倉桟橋へ。すると、いきなり特異なスタイルの外国艦が目に飛び込んできました。
この艦はシンガポール海軍のフリゲート艦「フォーミダブル」です。「フォーミダブル」級フリゲート艦のネームシップで、本艦のほか同型艦が5隻建造されています。本級は日本とも縁の深い艦で、同タイプ6隻のうち5隻が横須賀に寄港した経験を有します。ご覧の通り、ステルス性を追求したデザインが特徴で、主砲を除く艤装品は艦内収容が徹底されています。まさに“近未来の艦艇”といった雰囲気が満載ですが、海自が導入予定の新艦種FFMもこのような雰囲気になるのでしょうか?


今回の観艦式には、初参加の中国を含む7ヶ国の海軍から11隻の艦艇が祝賀航行部隊(受閲部隊第8群)として参加する予定でした。先導艦「てるづき」に続いて11隻もの外国艦が一列になって航行する姿は、さぞかし壮観な光景だっただろうと思われます。
ただ一方で、12日と13日の事前公開が中止となった時点において、海自の高級幹部からは「もし14日の観艦式が実施されれば外国艦の航行が心配」との声が挙がっていました。というのも、事前練習なしでのぶっつけ本番の隊列航行は追突事故発生の恐れがあるからです。実は、大きさや性能が異なる艦が等間隔で隊列を組んで航行することは、それほどまでに難しいのです。


「フォーミダブル」と同じ桟橋に「はたかぜ」「ちょうかい」も接岸しています。同じDDGでも武器システムがタータからイージスに変わったのに伴って、艦容も大きく変貌を遂げたことがよく分かります。ちなみに、「はたかぜ」型が2隻という中途半端な隻数となっているのは、2番艦(しまかぜ)の建造開始後に米国がイージスシステムを日本にリリースする公算が高まり、イージスシステム搭載DDGの建造を見越して3番艦の建造を中止したためです。当初は各護衛隊群に1隻づつ配備するため4隻の建造が計画されていました。

観艦式では「ちょうかい」は観閲部隊の4番艦を務め、「はたかぜ」は「しまかぜ」と共に受閲部隊第3群を編成する予定でした。

吉倉に停泊している艦艇のうち、「むらさめ」「こんごう」の2隻だけは何故か入船で泊まっています。「こんごう」には油船YOが横付けしており、さらに甲板上には乗組員が多数集まっているので、給油作業を実施しているようです。「こんごう」を後方から眺めると、煙突の形状が艦橋構造物に設置されているSPY-1レーダーの後方射界を遮らないように設計されていることが分かります。

新鋭艦のイメージがある「こんごう」ですが就役は1993年で、艦齢は既に26年に達しています。艦艇の26歳はかなりの‟熟女”ですが、1400億円もするイージス艦を簡単に置き換えることはできないため、艦齢延伸工事によって艦齢が40年にまで延ばされています。
一方、「むらさめ」も艦齢が23年に達していますが、今後はFMMの建造が推進されDDの新規建造計画はないことから、なおしばらくは護衛隊群の中核艦として働きます。数年後には艦齢延伸工事が施されて、「こんごう」と同様に40年近く使用されると考えられます。


吉倉の最も逸見寄りの場所に「あさひ」「はるさめ」「たかなみ」がいます。期せずして「あきづき」型を除く第二世代汎用護衛艦の各タイプが勢揃いする形になっていますが、こうして見ると「むらさめ」型以降の各タイプの艦容・装備品の変遷がよく分かります。それにしても、「あさひ」の頭でっかち具合には笑ってしまいます。私には「あさひ」型の艦橋構造物が塩沢ときにしか見えません(笑)

この3隻、「あさひ」が受閲部隊旗艦、「はるさめ」が受閲第1群の2番艦、「たかなみ」は観閲部隊先導艦の任を務める予定でした。
特に「あさひ」と「たかなみ」は観閲艦に次ぐ栄誉職である受閲部隊旗艦と先導艦に選ばれていたので、艦長をはじめ乗組員は観艦式の中止を非常に残念がっていることでしょう。ただ、失敗が許されない役割なので、逆に胸を撫で下ろしているかもしれません…


「あさひ」には2隻の曳船YTが取り付いています。既に艦と曳船が曳索で繋がっていて、しかも「あさひ」の煙突からは白煙も上がっているので、どうやら間もなく出港するようです。母港・佐世保に帰還するのかもしれません?
よく見ると、OPY-1レーダーのアンテナの上部に、就役時には未装備だった潜望鏡探知レーダーのアンテナが見えます。今年3月に就役した妹(2番艦)の「しらぬい」で初めて搭載された装備ですが、「あさひ」にも追加工事が施されて搭載が実現したようです。

今回の観艦式で「あさひ」が務める予定だった受閲部隊旗艦は、その時点の最新鋭艦が充てられる非常に注目度の高い役割でもあります。4年前の前回は「あたご」でしたが、前々回の2012年は「あきづき」、その前の2009年は「あしがら」という、まさに就役直後の最新鋭艦がお披露目も兼ねて起用されています。さて、3年後の次回観艦式で受閲部隊旗艦を務めるのはどの艦でしょう?


遊覧船から下船後、ヴェルニー公園へ猛ダッシュ!「あさひ」の出港に間に合いました。いい歳をしたオジさんがカメラを抱えて息も絶え絶えに走っている姿は、さぞかし滑稽だったことでしょう。曳船が取り付いていたものの他の準備が整っていなかったのか、「あさひ」はかなりの長時間待機状態にあり、遊覧船乗り場からヴェルニー公園まで慌てて走らなくても余裕で間に合っていました(苦笑)

う~ん、それにしても変なカタチだ…(笑) 昭和時代に建造された武骨なスタイルの艦が好きなオジさんマニアにとって、近未来的な「あさひ」の艦容は今ひとつしっくりこないというか、違和感が拭えません。とはいえ、7年前の「あきづき」就役時、古くは26年前の「こんごう」就役時にも同じことを感じたので、頻繁に目にしているといつの間にか慣れてくるのかもしれません

「あさひ」に続いて「はるさめ」も出港します。「はるさめ」は就役から2013年までの16年間はここ横須賀を母港としていたので、私の中ではいまだに“横須賀の艦”のイメージが強いのですが、現在は鎮西の防衛拠点・佐世保を母港としています。「あさひ」同様、これから佐世保に戻るのでしょうか?観艦式のために横須賀に集結していた艦艇が三々五々各地に散っていく光景は寂しさを感じさせますが、今回は台風襲来により全日程が中止という想定外かつ前代未聞の事態に至っただけに、その寂しさもひとしおです…

さて、今回の観艦式は事前公開も含めて予定された3日間がすべて中止という前代未聞の事態となりました。中止の直接の原因は台風19号の襲来ですが、私には計画時からのボタンの掛け違いが中止という結果に繋がったと思えてなりません。
隊員確保に危機感を抱く海自は、今回の観艦式を募集に特化するという異例の姿勢で臨みました。募集対象者への極端な乗艦券の割り当て、参加艦艇の練度向上よりも生徒・学生の参加し易さを優先した土・日・祝の3日間連続開催度を越えた「艦これ」とのコラボなど前代未聞の事だらけ、私には異例ずくめの積み重ねが全日程の中止という異例の結果を招いたように思えるのです。
隊員の確保は重要ですが、観艦式の目的は「国民の海上防衛への理解促進」「部隊の士気高揚」「練度の向上」なので、次回は従来通りに戻って欲しいと思います。あと、「艦これ」とのコラボもほどほどにすべきではないでしょうか。ひとたび航海に出れば、何日も何ヶ月もオンラインゲーム(=艦これ)ができなくなるような環境に、「艦これ」ファンの若者が飛び込んでくるとは思えません
(笑)

観艦式は全日程中止という異例の事態に…悔しさと無念さを抱えながら横須賀でせめてもの“仇討”ができました。